BOOKS:LIMELIGHT

読んだ本を、感想とともに紹介していきます。

未来と刺繍に込められた祈り~森薫「乙嫁語り」感想・レビュー

先日「森薫・入江亜季展」に行ってから、二人のマンガを読んでいます。どちらの作品も味わい深く、異国を感じてはうっとりする日々…今日はまず、森薫「乙嫁語り」の魅力を深掘りします。

19世紀後半の中央アジア、一人の乙嫁(おとよめ:美しい花嫁)が嫁いだ先で見る景色。日々の食事、針仕事、時には馬に乗り狩りに出る。来客があればもてなし、困ったときは助け合う。日々起こる大小の出来事を、色とりどりの刺繡が施された布や衣服が包み込む。

ああ、美しい…!さあ、詳細に思い出していきましょう。

舞台は「中央ユーラシア」

アジアとヨーロッパの間、具体的には、ウズベキスタン、トルクメニスタン、キルギスの辺りが舞台みたいです。

内容としては、ある定住型民族の家に半遊牧民族のお嫁さんが来て一員となり、ともに生きていく物語です。生まれる暖かな交流、苦難を乗り越え一緒に守っていく文化。「その土地で生きていく」ということを読者が俯瞰しながら見ていく感じです。

これを途中までは資料だけで書いていたというんだからすごい!そう思うくらいに描写が緻密で、見応えがあります。

アミルとカルルクの未来がずっと楽しみ

物語は主人公・アミルが20歳で結婚したところからスタートします。驚くのが、夫のカルルクは12歳。さらに驚くのが、適齢期的に普通なのは夫のほうで、アミルは相当年上の奥さん扱いということです。

昔は寿命が短かったこともあり、結婚はなるべく早く、そこからできるだけたくさん子供を産んで、末の息子に家督を継がせるのが一般的だったらしいです。結婚を祝ってくれた親戚に年齢を告げた時の反応は、数字の倍くらいに感じました。

しかしアミルは気にしているそぶりは見せません。実際は…と勘ぐりたくなるけど、見る限り、不安を感じにくい性格に見えます(これはあくまで読み始めの印象)。
それどころか、彼女は裁縫・料理・狩りまで得意。なんでもできるすごいお嫁さんとして次第に打ち解けていきます。天然かと思いきや、決断が早くにじみ出る賢さ…なんだか動物的な感覚のある不思議な女性です。

対するカルルクはしっかりしていて、一緒に住む姪や甥とそんなに歳が離れているわけでもなさそうなのに、すでに大人の落ち着きを感じます。
それでもやっぱり12歳なので、ちょっとしたことで不安になったり、やきもちを妬いたり…こういう描写がたまらなくかわいい!

今はアミルのほうがカルルクを守っている雰囲気ですが、これから成長して体も大きくなり(いまは頭1個分くらい小さい)アミルを守るようになる…この点だけでも、続きがみたい!と思わせる「引き」のようなものを感じます。

物語を引き立てる「刺繍」の存在

このマンガの魅力は多面的・多層的でなかなかこれ!というものをあげにくいところがありますが、個人的に相当魅力なのが「刺繍」です!頭飾り、服、持ち物入れ、床敷き、壁掛けと、あらゆるところに刺繍が施されています。
あまりの緻密な描写に「これ、本当に手書きなの…?」と思うけど本当に書いてるみたいです。

あとがき部分をみると分かるのが「作者が好きで好きでたまらなくて書いてる」というところ。好きが高じてこんなに美しい描写ができている、そしてそれを見て読者が幸せな気持ちになる。作者と読者で見事なウィンウィンの関係です。

森入江展にも刺繍が飾られていました(著者の私物だそうです)
刺繍に込められた「祈り」を感じて

祖母・母・娘と代々受け継ぐ刺繍の技術は、さまざまな「祈り」を具現化させるための大切なバトンです。
幼いころから針仕事を習い、自分の花嫁衣裳から、嫁入りまでに必要な布に大量の刺繡を施します。向き不向きがあって、アミルは得意だけど、苦手な子は本当に大変そう…だけど、おばあちゃん、お母さん、時には友達なども手伝ってみんなで作っていきます。

嫁入り時の布はほとんど自分で縫いますが、最後にいろんな人が願いを込めて寄せ書きのように刺繍をするそうです。「がんばってね」「元気でね」そんな思いが込められた刺繍を見たら、お嫁に行っても頑張れそうですよね。

そして嫁ぎ先で子供が生まれれば、「健康でいてくれますように」「すくすくと育ちますように」そんな刺繍に変わっていく。これを思うと、漫画の中の刺繍が見えるたびにグッとくるんです。ほぼすべてのコマに刺繍があるので、ほんと情緒が忙しいです…(幸せ)

異なる文化で行き交う人々を垣間見る物語

今回も暑苦しい感想になっちゃいましたね。今日は森薫「乙嫁語り」について、わたしが魅力に思うところをかいつまんで紹介してみました。

この物語は、異なる文化で人々が生きる様子を垣間見る美しい物語です。今回はアミル・カルルクについてしか話せてないけど、いい娘なのになかなかうまくいかないパリヤ(がんばれ、大好きだ!)、いつもでんと構えるおばあ(バルキルシュ、大好き!)とか、アミルの兄・アゼル(凛々しい!かっこいい!)とか、魅力的な人がいっぱいいるのでまた話したいです。

また、描写の美しさは刺繍の他に動物もなんですよ。馬、羊、兎、鷹などなど、とにかくいっぱい出てきます。これもまた、作者の好きが込められているわけで…ああ、止まらないのでこの辺で。

それではまた次回お会いしましょう。さようなら!さようなら!