関口良雄著「昔日の客」のなかに「自画像」という好きな詩がある。
全文引用するのはためらわれるので、かいつまんで説明すると
太ったりやせたり、髪が伸びたり短くなったり、気が長くなったり短くなったりしてきた。そして同じように、先が長いと思ってきた人生だが、短く感じてきている。
というもの。(かいつまんだことで魅力が激減しまったので、機会があればぜひ読んでみてほしい)
今日は、忘れていたこの詩を思い出した日を、物語調に話していく。
急に寒くなってきたねとマフラーをぐるぐる巻きにして外に出た朝、繰り出したのは西荻窪だった。以前住んでいたこともあり、こぢんまりとした街のなかにある、控えめながらも個性の光るお店たちをみていると懐かしさがこみあげる。久々にオーケストラでサグカレーを食べて満たされた後、家族が行きたかったという盛林堂書房に入った。
見た目は普通の街の本屋に見えたが、SFやミステリーの品揃えが豊富で好きな人にはたまらない、という感じの店だった。
家族は汗ばみながら、目を忙しく動かして本を抜き出しては手元に重ねていく。わたしはというと、ジャンルに興味はあって読んだりもするが、いまの気分はそこまでじゃない。
ん〜今日はいいかなあ。と上を見やるとそこにあったのだ。「自画像」が。
「…なったり」
「…なったり」
独特な言葉の運びに覚えがあり、記憶の引っ掛かりをたぐり寄せていく。これは…と、タイトルと作者の名前を見て確信に変わる。
あっ。静かな店内、まあまあの声が響き申し訳なくなる。あわてて家族に駆け寄り、ほら、あれ、あれだよ覚えてる?とひそひそやるが、向こうはそれどころではない。
共有できなかった昂る気持ちを抑えつつ、額に入ったその詩をまた見る。丸っこい、控えめながらも軽やかな文字。確か、本の題字もそうだった。
話が長くなったり
短くなったり
(中略)
一日が長くなったり
短くなったり
ああ、久しぶりに読んでも、やっぱり胸に沁みるものがある。なんでもない今日に、小さな灯りがともるような詩だ。
余裕がもてたり。しんどくなったり。
人に会いたくなったり、一人がよくなったり。
感じる心は日々うつろいで、一定にとどまることはない。今の気持ちもやがては過ぎていく。振り返ってどう感じるかは、その時次第だ。
西荻から吉祥寺。かつての散歩コースを、ふざけながら家族と歩く。この気持ちも、やがては過ぎていく。
思えばこのブログの1記事目は、昔日の客を手に入れた話だった。あの時と今の自分だと、だいぶ感覚が違うなあ。文章は変わってない気がする。良くも悪くも。