BOOKS:LIMELIGHT

読んだ本を、感想とともに紹介していきます。

小説的自由、感想的自由。(朝井リョウのインタビュー動画を観て)

ノノガと音楽とさいとうなおきで埋め尽くされているYouTubeのおすすめ欄に、ポンとこれが入っていました。

我らゆとり世代の星・朝井リョウ氏が「人類と物語」という壮大なテーマのインタビューに応じるものです。

自身の最新作「イン・ザ・メガチャーチ」で扱うファンダム経済(推し活とか)ともがっつり絡めて話していて、ためになるというか…「おわあ、そういう見方もあるんだ」という感じでした。

今日話すのは後半の、小説的自由、感想的自由の話。ちなみに、「小説的自由」という話題は出たけど、「感想的自由」は話を受けて私が連想したものです。

小説的自由…乖離が今は心地よい

「書きながら読者の顔が思い浮かばない」
「本体の自分と、小説家としての自分が乖離している」

と話していて、ちょっとホッとした。「正欲」は読んだことがあって、もしこれを読者の顔を想定して書いていたらとんでもねえ次元の人だ!と思っちゃいそうなので…概念?観念?の世界で書いていたのならば、すごくうなずけるなと。

本体/小説家の部分については、「どうせすぐ変わってしまう」「今の自分でいつまで書けるか」と話していて、この一過性というか…移り変わることを想定して物事を進める柔軟さがまぶしかった。決めつけず、縛りつけずに歩くように統制する自由みたいな感覚を得た。

感想的自由…「自己セラピー」を通過する日は来るか?

読者からもらう感想についても触れていて、はじめましての次の2行目から「私は」がはじまるというところ、、、

分かる…!!!私がそうだもの。ここで軽く200回以上はそういう話をしているんだよなあ。

それをインタビューでは「自己セラピー」「自己カウンセリング」的だと話していて、振り返りたくない柔らかい部分の言語化、その時間が生まれたことがいいと結んでいた。自分がやっていることの答えの一部がもらえた気がした。

その一方で、やり続けた向こう側はあるか?が気になる。

自己セラピーが終わった先が、あるんじゃないかなあ。誰にも言えない思いをまとめ終わる日が、自分にも来るんじゃないかと……そう、これは願いです。

どうせ変わっちゃうんなら、今をどう面白がるか

書き方や創作のスタイル、取り組み方に変化があることこそ生きている証で、その時々の自分のかけらを残していくような営みをすることに、特別な意味を感じる。

”ただ、そこにこだわりすぎないで。今の快さは今だけなのだから。どうせ変わっちゃうのだから。”そういうメッセージを受け取った気がして、なんだか力が湧いてきたよというメモでした。

「書く」は癖

なぜ小説を書くのか?と聞かれた答えが「癖」なのはちょっと笑った。こういう外し方が何とも言えず良いな~。

そのうえで、誰かの人生を変えてしまう事に責任を感じるとも。言葉は包丁や車になりうるとも。

印象に残った言葉だらけ

「小説は因果関係が複雑なものを複雑なまま一つの物体に閉じ込めることができる珍しい媒体」「無理やり一つの線にしなくていい」「いつも色々考えたことからは全然違う世界になる」

こんなにすっと端的な言葉出る?!ということの連続。そのくらい思考を練り上げまくった末の言葉なんだろう。すごい。

とはいえ、インタビュアーの方が言っていた「書くものに暖かなまなざしを感じる」を、私はこの方の文章に感じたことがなかったです。なんだろう、ものすごい真顔を感じる文章という印象でした。小説とエッセイ1冊ずつしか読んでこなかったので、また折を見て読もうと思います。

何か分からないけどすごく大事なことを話している気がする…!と思って何度も聞いていましたが、ひとまず書きおわったので、こういうことだったんだと思うことにします。

本編の「人類と物語」パートも興味深かったので、気になる方は是非。

イン・ザ・メガチャーチ (日本経済新聞出版)