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読んだ本を、感想とともに紹介していきます。

「あなたとなら食べてもいい」感想。一風変わった薬味的アンソロジー。

小説新潮に掲載されていた物語をまとめたアンソロジー「あなたとなら食べてもいい」の感想です。

サブタイトルは「食のある7つの風景」。こう聞くと、疲れた心があったかくなるような、ほっこりした情景が広がってるのかな〜?と思いそうなものですが、この本は割と違います。

7つある短編は、食べ物に例えるならみょうが、山椒、わさび。そんな薬味っぽい一風変わった話が多い印象です。

とくに独特で、面白いと思った話が2つあります。

田中兆子 著「居酒屋むじな」

運河のほとりにある居酒屋・むじなと、その店主にまつわる話。店主本人は出てこないのが特徴です。通っていた客と、店主の姉の独白が交互にあり、そのなかから居酒屋の雰囲気や店主の人柄が浮かび上がってくるような話になっています。

店主は相当独特な人で、人によっては野蛮で、失礼で、不衛生に感じるだろうと思います。姉がいろいろと世話を焼いて店を手伝ったりして、やっとお店の体裁になるような居酒屋です。

物語が進むにつれ店主も居酒屋も、客と姉とでは全く印象が異なるのが切なくなっていきます。姉が言っていることや判断は、世間的にはほぼ正しい。わたしもその判断をするんじゃないかと思う。でも客が欲しているものは、正しさだけじゃなかったんだな…と読後の余韻が広がります。

客の話す居酒屋談はどれも面白くて、特に台風時の営業は楽しかったです。停電してしまって店主が入口の提灯代わりになり、客たちは中で配膳など自分たちで協力しているところ(でも別に仲がいいわけじゃなく、それぞれ"個”で過ごす)は、わたしもその中の一人になりたいと思いました。

人はみな本質的には孤独。もし「同じ穴のむじな」なお店があったら、行き場のない感情をつれて、提灯の明かりを探してしまうんだと思います。

深沢潮 著「アドバンテージ フォー」

大学時代の女友達とプチ同窓会でランチする話。切り口がもうしんどい。女のいやーーな部分が、これでもかというくらい味わえます。

見た目、夫のステータス、子供、すべてにおいて値踏みしてマウントしあう姿には辟易します。美味しいランチも台無しだこれでは。

わたしはこういう世界から早々にドロップアウトして気ままに生きてたので、忘れてしまってたな。一緒にいると気に入らない部分がふくらんで、そっと離れりゃいいのに攻撃を仕掛けにいくところ、再現度が高い分だけ胸くそ悪いです。

こんなところに焦点を当てて楽しいのか…?とため息をついたところに訪れる、ちょっと笑っちゃうラストが好きでした。やり合ってないで、こんな風に消化し合うのが好みです。

女同士の負の部分を"的確に”描写した話って今まであんまり読んだことがなくて、なので意外と貴重だったりするのかもしれません。ラストから書いたのかな〜?だとしたら、一転してこの作家さんが好きになりそう。

ほっこりあたたかく"ない”。食べ物アンソロジー

他の話もなんか大人な話が多かったです。「サクラ」の不器用に生き直していく主人公も好きだったし、「ほねのおかし」は何とも言えない独特な世界でまだ消化しきれない…最後の「フレッシュガム」だけちょっと爽やか。それぞれに思うところがあったのでまた別で話そうかな。

そんななかでやっぱりかなり気になったのが、「居酒屋むじな」作者の田中兆子です。むじなの世界観に魅せられて、この人の本がもっと読みたくなりました。

Wikiで調べてみて驚いたのが、影響を受けた本に茨木のり子の「詩のこころを読む 」が入っていたこと!これ、先日買った本だったのでテンションが上がりました!

なにかしらの縁を感じたので、深堀りしてみようかと思っています。新たな作家との出会いがアンソロジーの楽しいところですね。

脱線してしまいましたが、ほっこりあたたかく"ない”食べ物アンソロジー、わたしは薬味大好きなので、いろんな味がして楽しかったです。一気に読むんじゃなくて、薬味的にちょこちょこ読むのが個人的におすすめです。

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