「虫と歌」は、人ならざるものたちの人間(らしき生き方の)模様を切り取った作品だと思う。人間に憧れたり、種の存続のため仕方なく共生を試みたり。はたまた人間が研究対象として繁殖(という言葉が適しているのか…)させている場合もある。
「人ではない何か」を通して、一見なんのことない"生きること”の美しさが不思議と浮かび上がってくる。
この本は、宝石の国で知られる市川春子の短編作品集で、4話収録されている。まず、帯にある要約文の文体が素敵だった。わたしも真似したくなり、自分なりに帯の文章を考えてみたので、今日は各話について「帯文+感想」の形式でレビューしていく。
星の恋人
主人公の青年は、かつて世話になったおじさんに会いにいく。そこで出会い惹かれた女性は、かつて自分の一部だったと知るーー。
植物っていうのは、さし木で増える種類もある。擬人化したときの恋模様はきっとこのような話になるのだろう。互いに想いやり、大切な気持ちの伝え方に胸が切なくなる。
そして、この人の描く幼女がかわいい…というか全部簡潔な線にみえるのに、透明感があって素敵だなぁ。
ヴァイオライト
飛行機が墜落した。生き残ったのは僕と、君だけ。君は1人が平気で、魚がいとも簡単に獲れて、夜に目が光る。君のおかげで僕は生き延びている。
飛行機が墜落する原因物質ってなんだろう?天候だとしたら雷?と思ったけど、雷で墜落することはないに等しいらしい。調べた限りでは、55%が操縦ミス、17%機械故障、13%天候、7%その他など…そうなると、この場合はきっと「その他」で、別の星のなんらかの物体か物質ということになりそうだ。
自分(帯文の"君”にあたる)が原因で飛行機などの乗り物が墜落してしまったものの、生き残った人間がいたら助けたいと思う。人は1人では生きられないと聞いたから、寄り添おうと行動する…。文章にするとなんとも虚しさがこみ上げてくるんだけど、物語を読むと悲壮感はない。
ここまで考えて、どう解釈したらいいのかわからないな〜とネット上を徘徊したら、同じように探している人が多くてやっぱそうだよね、となった。
日下兄弟
僕は壊れて、不良品になった。喪失した僕のひと夏の出来事。出会いと別れを経験し、形を変え共に生きていく。
わたしはこの作品が好きだな。主人公は高校生なんだけど、後輩などの脇役たちも生き生きしている。飄々としてるなと思ったら、意外とお世話好きだったり。いたずら好きでちゃめっ気があったりで、好き勝手わちゃわちゃやってるのが楽しい。騒がしいのにうるさくないのは、この人の作風かなと思う。
最後も不思議と寂しさはなくて、未来が感じられる静かなラストが心地よかった。
虫と歌
例えるなら「生き別れの双子」?
突然現れた、海の底に沈んでいたかつての兄弟と過ごす時間はあっという間に過ぎていくーー。
生涯をかけた一大プロジェクトの歯車になるっていうのは、どこか空虚な気持ちがつきまといそうだ。
タイトルにもなっているこの作品は、一番日常感があるのに、一番ぽっかりしたからっぽの寂しさがある。主人公は健気に家業の手伝いをしたり、妹の心配をしたり、ある日突然やってきた"兄弟”の世話をする。いいやつなだけに、最後が切ない。
本物の帯文
本物の帯文も引用で載せておく。
深くてフシギ、珠玉の4編を収録。
『星の恋人』
僕の妹は、僕の指から生まれた。妹への感情は兄弟愛のそれを超え、「ひとつになりたい」と願うようになったーー。
『ヴァイオライト』
飛行機墜落事故で奇跡的に生存した大輪未来と天野すみれ。互いに助け合う二人に、意外な形で別れの時は来る。
『日下兄弟』
肩の故障で野球部を離れた雪輝。日々"成長”を続けるヒナとの出会いによって、彼が見つけたものはーー。
『虫と歌』
3人の兄弟が暮らす家に夜の闖入者、それは虫であり弟であった。共同生活を始めた彼と兄弟たちの距離は少しづつ縮まり、そしてーー。
市川春子著「虫と歌」講談社 帯文より引用
うん。やっぱり美しい。そして実際に読むと、この文章がさらにじんわり響く。
わたしの書いた帯文はふわっとしすぎて核心を突いてない感じがする。思いつきでやってみたけど、なかなか面白かった。
「虫と歌」感想まとめ
市川春子作品は「宝石の国」を読んだだけだったけど、第一部を読み終わった後、この人はどうしようもできない無念さのようなものを表現したい人なのかな…?そしたら続きはいいや、と読むのをやめていた。
でもこの「虫と歌」を読んでからはイメージがだいぶ変わった。短編なぶん、著者の思考、物語の進む感覚が色濃く滲み出ている。宝石の国、これからも読み続けようと思う。
その後、宝石の国完結後に読んだ時の記事↓↓
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