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読んだ本を、感想とともに紹介していきます。

病が教えてくれたものを背負い、前に(山本文緒著、シュガーレス・ラヴ)読書レビュー

まだいける、まだ頑張れる。そういう気持ちの時ほど限界が近く、体はついてきてくれないものだと思う。

今日の本「シュガーレス・ラヴ(山本文緒著)」は、仕事、恋愛、家庭などによって体が蝕まれてしまった10人の女性の短編集。自律神経失調症睡眠障害、生理痛、アトピーなど、彼女たちを悩ませる症状はさまざまで、話のタイトルに病名もついているのがこの本の特徴だ。彼女たちが症状に悩まされつつも原因に気が付き、向き合い、もう一度立ち上がるさまを見て自分も奮い立つところがあった。

10話全部について話したいくらい今回も味わい深くて好きな作品が多かった。でも先日同じ著者の他の短編集で記事を書きまくってしまったので…今回はコンパクトに1記事にまとめることを目標に書いてみる。わたしが特に胸に響いた作品は2つ。

彼女の冷蔵庫(骨粗鬆症

骨粗鬆症になった娘の看病に行く母親の話。しかし状況は少し複雑で、娘とは血が繋がっておらず、仲も良くない。

父親は仕事があるため、行かねばならぬ…と遠方の病院まで駆けつける。入院することになった娘の荷物を取りに行った一人暮らしの部屋で、娘の暮らしぶりやどんな状況だったかを悟る。

約20ページの短い物語の中で、わたしが好きなのは最後の4ページだ。娘が武装を辞めたとき、後妻である主人公に対しての複雑な感情が滲み出てくる。それに対して、主人公はあくまで率直に返答する。

娘に対して「あなたのお母さんからお父さんを奪ってごめんなさい」なんて言おうものなら、きっと2人の関係は終わっていたと思う。

印象に残っているシーンは、骨を強くするために料理を作ってあげると主人公が歩み寄るところだ。不審がる娘に対して言った言葉が良い。

「治ったら喧嘩しましょう」

山本文緒著「シュガーレス・ラヴ(集英社文庫)」(Amazonは角川だけど、わたしは集英社版だった)

25歳の若さで骨がボロボロになってしまった娘は、間違いなく身も心もボロボロだ。現在の2人の距離感で、一番娘を奮い立たせる言葉だろう。この主人公の聡さが好きだ。

それに対する娘の「お返し」に少し驚いたけれど、そうか。娘は娘で、親の状況を悟っているものだ。この先2人で新しい関係を築いていくんだ、と確信できる。わたしまで気持ちがじんわりあたたかくなるような話だった。

いるか療法(突発性難聴

自閉症などの発達障害うつ病の治療の一つに「イルカ療法」というものがあるらしい。本当は触れ合って一緒に泳ぐらしいが、まあ、眺めるだけでも何かあるかしらと思い水族館に通うのが主人公だ。教師だった主人公は、耳の聞こえが悪くなって仕事に支障をきたし、離職して半年が経った。いまもずっと耳の中に水が入っているような状態で、悪いままだ。

音の無い世界で歩く水族館の情景が美しくて、主人公は大変な状況だと分かりつつも惹かれてしまう。幻想的な気持ちになりながらも、過去を回想する姿に胸が痛む。

平日の水族館は空いているが、主人公と同じような常連もちらほらいる。その出会いや、いるかを眺めることでほんの少しずつ心境に変化が生じていく様子が、主人公が深い海の底からゆっくり浮上してくるように感じた。

今回の短編集では、驚くような転調をした話もあった。ご清潔な不倫(アトピー)、表題にもなっている「シュガーレス・ラヴ(味覚異常)」がそれで、一見突拍子がなくてなんなんだ?!と思ったけど、あ、病気っていうのは、自分でうまくやれていると思っていたのになるものだよな…と唸る。主たる原因は自分がわかっているようで、本当の要因はわかっていない。自分が普段忘れているふりをしている〝気がかり〟が、いつの間にか膨れ上がり襲いかかってくることもあると気がつく。

かくいうわたしもいま、声が出ない。風邪をこじらせて咳喘息になっただけだけど、職場の伝達事項はもちろん、自分の思っていることを声で伝えられないことは思っている以上に気が滅入る。過去には喘息が原因で会社をやめざる負えなかったこともあるので、慎重に慎重に経過を見ているところ…

体は正直で、時にわたしが知らないわたしの悩みを教えてくれるのかもしれない。シュガーレス・ラヴを読んでわたしはこう思うようになった。季節の変わり目で、ちょっと睡眠不足で、いくらでも外的要因は出てくるものだけど、病気になったタイミングで自分の仄暗い部分と向き合うことも大切なのかもしれない。

 

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