「金魚の夢」を読んだ。この本の変わっているところは、向田邦子「著」じゃなくて「原作」というところ。ドラマの放送台本を別の人が小説化したものだった。
文章の違いなど細かなことは分からないけど、視点や展開など、物語の中に向田邦子成分はたっぷりとあったので、個人的には問題なく入り込めるものばかりだった。
収められているのは「金魚の夢」「母の贈り物」「毛糸の指輪」の3編。どの作品にも、脆くて危うい世界が広がる。簡単なあらすじと感想を話していく。
金魚の夢
父親が亡くなって6年。主人公の砂子はおでん屋を営みながら妹の世話をして暮らしている。お店は父が働いていた新聞社の近くにあり、今でも職場の人が立ち寄りうまくいっている。砂子はある常連客と恋に落ちかけていたところに、急展開が訪れる。
不倫にはこういう展開がつきものだろうけど、人間同士惹かれあってしまうのは仕方がないことなんだろうか(しんどい)。
相手の奥さんが狂気をまとっているのが恐ろしかった。でも40代後半、子供なし、専業主婦(おそらく)で旦那が浮気じゃ不安で潰れそうになると思う。全く同じ属性ではないけど、自分も不安がピークに達したらどんな行動を取るか分からんぞ…そういう意味でも怖かった。
水商売に染まるのを恐れる砂子は、家族を想い、客を気遣い、清らかな心を持っている。こういう人を選ぶなら、きちんと身ぎれいにしてから来てくれよと思う。とはいえ、最後のやりとりには心が安らいだ。頼むからこういう人には幸せになってほしい。
母の贈物
明日は結婚式。父が早くに亡くなり、母親にも捨てられた朝倉秋子は「両親は死んだ」と周囲に話している。夜、夫の正明と支度をしていると、やってきたのは死んだことにしていた自分の母親だった。そこから女手一つで正明を育ててきた義母の秘密を知ることになり、若い二人は狼狽する。
しんどい展開がどったん、ばったんと二度ある。この作品で思ったのは、親が子供にあってほしい姿を願うように、子供も親に対して理想を抱いているものだということ。私は親に何かを求める気持ちが薄くて、うっかり忘れていた観点だった。
ただ、親も人間だ。秋子の母親はんー、ちょっと例外だけど、子供が結婚するのだから義母はもう許してあげてはくれないか。
時間が必要。若い時のどこか潔癖なところ、私は好きだ。きれいでありたい。きれいであってほしいというまっすぐな願いでもあると思うから。まあ、大人になってからの少し濁ったマーブル状の心のほうが落ち着くことは確かだけど。
毛糸の指輪
宇治原有吾は、60歳の編集部員。性格の難から出世コースを外れ、窓際で余生を過ごすように仕事をしている。クサクサしそうになったら、ゲームセンターでうさを晴らす。
射撃台で待っていると、先客の男女が込み入っている様子だ。カップルなのに、男が今度見合いをするらしい。「絶対賛成!チャンスじゃないの」と気丈に励ます彼女に思うところがあり、有吾は話しかける。
人生の先輩からの説教のポーズをとりつつも、ワンチャン狙ってくおっちゃんの肩を「目ぇ覚ませ!」と掴みたくなる序盤。あそこを奥さんがいい感じに間に入ってくれてホッとした。
そこから広がっていくのは、かりそめの親子の物語だ。一緒に食卓を囲んで、困っていたら助け合い、自分の知ってることを教え合う。
血がつながってなくても、お互いに思いあったら親子になれるかなあ。あでも今の時代、こういう詐欺もありそうだから気をつけないとな。
用心しつつ、やっぱりこういう間柄には憧れる。絆みたいな、縁みたいな。大切にしていきたいところ。
向田邦子成分はしっかり入っている
この本は向田邦子の放送台本を中野玲子が小説化したもの、とあった。同じ形式の本がいくつかあるみたいだ。
あ、本人じゃないのか〜とはじめこそ少し残念だったものの、向田邦子成分はしっかりと入ってる。私は気にならなかった。
脆さ、危うさ、普段は触れてはいけないような人間の本質を扱う作品たちの核が変わっていないからだと思う。
まあ、他にあと2冊しか読んでないからかもだけど。違和感とかなく楽しめてよかったな。自分の経験フィルターで、面白さが色褪せてしまうのが1番悲しいからね。
ちなみに後書きによれば、向田邦子は名前にこだわりがあったらしい。ポイントは「普通」ということ。どこにでもありそうな名前を使うことで、もしかしたら私かも…という気持ちがこみ上げてくることを狙いとしていたみたい。
確かに今までの作品も、この本の作品も、読みながらそういう気持ちになる物語だった気もする…。
(おまけ)違いは「引っかかり」かも
何となく気になって、思い出トランプを読み直している。そうか、違いは「引っかかり」かもしれない。本作は、何となく軽く読めた感じがする。状況説明がしっかり入っていて、すらすら読める感じ。思い出トランプはこう…「ん、ということは…?」みたいな引っかかるような雰囲気がある、ような気がする。