「白河夜船」「夜と夜の旅人」「ある体験」、これがよしもとばななの眠り三部作です。ひっくるめて一つの小説になっています。
眠りに囚われた人たちの、転機と再生の物語。
20代半ばの頃、一緒に住んでいた友達がものすごく眠る子でした。無茶な仕事の入れ方をしていたことも原因の一つではあるけど、いつもぼんやり夢うつつで、わたしもつられて二人でよくぼーっとしてました。その時のことを思い出しながら読んでいました。
【白河夜船】
しらかわよふね、と読みます。調べてみたらことわざで、眠り込んでしまうあまり、何が起こったか分からないことの例えだそう。別の意味として知ったかぶりもあるらしいですが、今回の話は前者だと思います。
白河夜船(シラカワヨフネ)とは? 意味や使い方 - コトバンク
主人公は宙ぶらりんの女性です。事故で植物状態になってしまった妻を持つ男性と不倫をしていますが、いまのところ先は見えません。ある時親しい友人が亡くなり、そのことが胸の中でどんどん影を落とし始めます。
不倫のことも相まって、漠然とした不安や哀しみが眠りとなって押し寄せてくるところが印象的でした。読んでいるなかで、もやもやがゆっくり近づいてくるのを感じてわたしもやるせなくなった…。
転調のところであ、そうだ、この人の作品はそういうところがあったな。と思い出して一気に懐かしさが広がりました。
【夜と夜の旅人】
兄が亡くなり世界が止まってしまった、主人公とそのいとこの話。
人が死んでしまうっていうことは、こんなにもからっぽになってしまうことで、残された人は簡単には再生できない。特にこの話のような別れ方をしたら、心が停止してしまうのも無理はないと思います。
いとこの止まった時を動かしたものは、具体的には示されていません。物語に散らばっていることの一つ一つが関係していたり、あるいはやっぱり時間なんでしょうか。
いとこに、主人公の存在があってよかった。作中のしんしんと降り積もる雪が、イメージとしていまも残っています。
【ある体験】
アル中になりかけの主人公がべろべろになって眠ると、歌が聞こえる。
この歌がなんなのか?虫の知らせのように過去に交流があった人を思い出し、そして不思議なきっかけで会うことになる。
この作品がなかなか面白かったです。相手は決して仲が良い人ではなかったはずなのに、根底の部分では通じ合う何かがあって、ずっと心の片隅に残っていたんだな。
人を思い出すとき、相手も思い出しているのかも。相手がわたしを心配している時、それは何かのかたちでわたしに届くのかもしれない。そう思うと、自分の心のどこかわからない部分が安らぎました。
眠りは少し死ぬ、あるいは再生の一歩
3つの作品は眠りのほかに「死」がテーマでもあるので、眠ることはちょっとあっち側に行くことなんじゃないかなと思います。そして、そこで休んだり何か受け取ったりして帰ってくる。
重たいものや難解なものを抱えている分、行ったり来たりは長くなる。長い人生には、そんなときもあるのかもしれない。
ものすごい眠っていたわたしの友人も、正体不明の不安と戦うなかで突然変調が訪れて(それは頼もしい彼をみつけたことだった)、いまは母としてばりばり頑張っています。いまも大変なことはあるようけど、あの頃とは違う悩みに変わっているなあ。
いまでも一緒に住んでいた頃の話をして、あの時って何だったんだろうね?と笑いあうことがあります。あの時、きっと向こうに行っていろいろ整理してたんじゃないかな。今度会うときは、この本を持っていこうと思います。