フレッド・ホイル著「10月1日では遅すぎる」のレビューも3回目になった。流石にこれでおしまいにする。
1回目はうっとりした読後感を話し、2回目は物語のテーマでもある「時間の感覚」について深堀りした。今日は最後に個人的な感想ということで、主人公と音楽の関係性を話していく。
(本書は絶版らしく、これは中古です)
あらすじ
主人公のディック(作曲家)が友人のジョン・シンクレア(物理学者)と旅行している途中、ジョンが失踪してしまう。戻ってきた彼は、彼ではあるものの少し違っていた。そこから、地域によって時代がバラバラに変わってしまったことに気がつく。
時間の感覚が不確かなものになった世界で、人類の行く先はどうなってしまうのか?その様子を主人公が奏でるピアノ曲が彩っていく。
目次が1つの曲のよう
何にも知らないこの本を読んでみようと思ったきっかけは、目次のそれぞれの章に音楽記号が割り振られていたこと。具体的には以下のような感じ。
- プレリュード 前奏曲
- フーガ (作曲技法)対位法
- インテルメッツォ 間奏曲 幕間劇
- テンポ・ディ・ミヌエット メヌエット(優雅で穏やかなテンポ)のような
- アレグロ・アッサイ 非常に早く
- アジタート 激しく、興奮して
- アダージオ ゆっくりと
- アレグロ・モルト・エ・コンブリオ 元気に、いきいきと
- アンダンテ・コン・モート 歩くような速さで
- 幕あい (舞台)次の一幕が上がるまでの間
- ヴィヴァーチェ 活発に、生き生きと早く
- ラルゴ・アパッショネート 非常にゆっくりとしたテンポで情熱的に
- アレグレット・エ・センプレ・カンタービレ 常に歌うように、快活なテンポで
- グラーヴェ・エ・メスト 非常にゆったりとしたテンポで悲しげに、憂うつに
- コーダ 締めくくり
それぞれの意味を調べたところ、厳密に物語の雰囲気に沿って記号がつけられていた。
生活=音楽
地域・時代を問わず、作曲家をしている、というとやっぱり「なにか弾いてみて!」となるらしい。本人もその展開を受け入れていて、要所要所でピアノを弾いていく。
私は天邪鬼なのでプライベートでは弾きたい時しか弾かない、とか言いそうだけど彼にはそんなところはない。
それは本人にとっても音楽は生活、生活は音楽であって、生きるうえでかかせないものということが大きいのだと思う。
思考のアウトプットは「作曲」で
私が1番心惹かれたのは作曲シーンだ。1番初めと、後半に差し掛かったあたりの2回、作曲する場面がある。
彼は何か言いたい時、整理したいときは作曲という形でアウトプットをするように思う。彼の頭の中でオーケストラが流れる情景には、自分の発想が浮かぶ時の感覚に結びつくものがあった。
こればかりは、記憶が信用できなかった。頭の中で鳴り響いているあいだ、旋律がどれほど決定的に思えても、やんでしまったが最後、ふたたび捕えるのがどれほどむずかしいことか。
フレッド・ホイル著「10月1日では遅すぎる」より引用
浮かんだものを逃すまい!と捕まえるように取り組むのは私もよくある。
さらに、作曲モードになると1人の世界に没頭するのもいい。
理性はノーといったが、感情はイエスといった。
フレッド・ホイル著「10月1日では遅すぎる」より引用
私もやると決めたら没頭するたちなので、深く共感して胸が熱くなった。
残念だったのは、クラシックに疎くて具体的な音が聞こえなかったこと。心得がある人にはきっと楽器の音が聞こえてくるんじゃないかな?と夢想する。
決断は本能で決める
最後に自分の境遇を決めるシーンがあるのだけど、ここにはさっき言った作曲のシーンに大きく関わりがあると思っている。
はじめ、わたしは友人のジョン・シンクレアのいう「切磋琢磨し成長していく感覚」のほうに惹かれたので、ディックの行動が不可解に感じた。
しかし、作曲した2つの作品に対する反響を思い出すと、自然と納得できた。彼にはしっかりとした自分の軸があり、表現したい世界がある。そこに他人の評価はいらないかもしれないけど、それでも受容的かどうかは今後の制作に大きな影響を与えるだろう。
彼は、彼の持つ世界が生き生きとできる場所を本能的に選んだのだと、今では思っている。個人的には、ジョンもディックも選んだ道は袋小路なんかじゃなく、どちらもいい選択だと思っている。
対照的な2人は、どちらも作者なのかも
作品を読んでいると、ジョン・シンクレアは確実に作者の思想を反映した人間だと感じる。それと同時に、私はディックも作者本人のような気がしてならない。
というのも、彼はとても人間くさくて、魅力のある理想的な姿だから。芸術の道を進み、好きなものは好き、不遇な状況でも腐らずに我が道をいく。どこかのんびりとした気分も感じる。
作者は天文学者の傍ら作家業もしており、どちらの方面でも活躍していたらしい。理想と合理性をあわせもっていたからこそ、この相反する2人の魅力的なキャラクターが誕生したんじゃないかと思う。
ハヤカワ文庫SF総解説2000によれば「浪漫」アリ
この本は、家族が持っていたものを借りて読んだ。家族にすごくよかった〜と感想を話していたら、スッとこの本を渡された。
「ハヤカワ文庫SF総解説2000」。その名の通りハヤカワ文庫が出版2000冊記念に出した本で、それまでの2000冊すべてのあらすじと解説をしてくれるというすごい本だった…!
ちなみに、今日話した「10月1日では遅すぎる」は194冊目。読んでみたところ「ハードサイエンスの思弁性とロマンティックな情熱が優雅に合わさった傑作」とある。
またでた、浪漫だ。私が好きになる作品にはいつも浪漫があるらしい。馴染みがなくてもこんなに深く楽しめたので、SFって本当に幅が広いんだな…と感慨深げにページをめくっていた。これからも定期的に、SFに親しみたい。