コンビニ人間を再読した。ハンチバックを読んだ後、同じ芥川賞作品として思い出したのと、Audibleにもあったため。読んで、そうだった。わたしは「こちら側の人間」だった。と思い出して、結構深めに落ち込んでしまった。
この物語は“普通”に生きることを目指さざるを得ない人間の奮闘記だと思う。主人公はコンビニ店員としてアルバイトを始めて18年。自然に身を任せていると、母、妹、友達が心配するから。世界の正常な部品で居続けるために、そろそろ別の“何か”にならなければならないともがく。
最初に読んだのは4、5年前くらい?本屋の平積みでたまたま見つけた。物語に深く共感して、やった行動は2冊目を買うことだった。自分の周りの人の反応が知りたくなって、貸して読んでもらおうと思った。3、4人くらいに貸したかな…?反応はさまざまだった。
- これはわたしだ…と共感する
【こちら側の人間】 - 俯瞰して、こんな作品をつくれるのすごいね!と作者の着眼点に感心する
【俯瞰する人】 - 「うわあ…やべえやつだね、」
【あちら側の人間】
そうなんだよなぁ。
読みながら、この主人公に共感するのは結構やばいことだろうな…と思う。でも、この主人公までいかなくても、幼い頃に逸脱した行動をとってその都度矯正された経験はないだろうか?ああ、この行動は“普通”じゃないんだな、直さなきゃ。と思ったことはきっと誰にでもあるはず。
自分の選ぶ話し言葉や書き言葉だって、本当に自分で考えている人はどのくらいいるんだろう?身の回りの人、本、映画、そういうものから少しずつ影響を受けて自分を構成しているはずだ、と思う。
主人公のよいところは、自己憐憫に浸らないところだ。中盤から出てくる男の人は論外として、友人らの無遠慮な言葉を浴びて途方に暮れる瞬間はあるものの、自分なんか…ではなく、ではどうするのがよいのか。を考えて実行していくところは素晴らしい。ただ、その思いつく行動がことごとくアレなんだけど…
選択を間違えたくない主人公にとって、妹の存在は大きい。こうしてどちら側の人間のことも理解し「俯瞰できる人」がいることはありがたい。でも、それも限界がある。俯瞰する人にだって自分の人生があるし、ずっとお世話してもらうわけにもいかない。
わたしが主人公に共感した気持ちをすっかり忘れてしまっていたのは、自分が正社員になったからだろう。わたしは一昨年までずーっと非正規雇用社員で生きてきた。アルバイト、パート、派遣、契約とだいたいの雇用形態は経験したけど、正社員だけはなったことがなかった。
前職を辞めた後、約1年ほど休んでいた(うち半年は学校に行っていた)けれど、常に足元がぐらぐらする不安を感じていた。20代と30代とでは、離職の質がこんなに違うなんて…と愕然としていた。自分はどうなっちゃうんだろう?という不安の量が全然違かった。
就活を頑張って無事正社員になってからは安心して、この作品の主人公とは別の人間になったと、今の今まで思っていたわけだ…。本質は変わっていないのに。
次に要求される“普通”は、子供を産むこと?その後は育児に奮闘しながら老後の資金をできる限り増やしていくこと?“普通”ってのはやっかいで、クリアした途端にかたちを変えて次はこれ!とまた要求してくる。
自分が子供を望まなければ、次は夫を支えるパート勤めの妻か、生涯仕事に生きることが不審がられない“普通”の人生だろう。そしてその選択をした場合には、不用意に質問されたときに“それなりに納得できる説明”を用意しておく必要がある。
多重人格というわけではないけど、わたしの中にはいくつかの別人格の自分がいる。そのうちカウンセラー役を担うわたしの進言はこうだ。
主人公の生きるさまを見て、やべえやつだと思った「あちら側」の方はどうぞ、そのまま人生の道をお歩きください。
「こちら側」に共感したあなたは、あー、来てしまいましたか。でも大丈夫、意外と多いんですよ。まあ全般的にしんどいんですけど、世間の暗黙のルールを一つ一つ覚えていけば、生きてはいけます。
もっと“普通”に近づきたいようでしたら、ステータスや身なりを整えていきましょう。悩んだら、「俯瞰する人」に相談すると、運が良ければ総合的なアドバイスがもらえますよ。
世間は合格ラインを超えた者には優しい。不足している部分は目立たない程度に直して、矯正していくことが大切だ。近年は多様性が尊重されているけど、どこまでいっても私たちが生きるここは、そういう世界だと思う。
わたしが意識することは2つ。今日話したことを人生のテーマにして生きていかないこと(これはどうしようもないことで、突き詰めると病気になる可能性がある)。そして悪目立ちしないように気をつけながら、好きに気ままに生きることだ。
この作品を読んだあなたは、どちら側の人間でしょう。もしこちら側だったら、まぁ、ともに“もぐり”としてうまいこと擬態しながら、世界のすき間で生きていきましょう。たまに目配せして、こんな思いをするのが自分一人じゃないことを確認しながら。
(この本は、Audibleで聞きました。)