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読んだ本を、感想とともに紹介していきます。

世にも恐ろしい「ノミ」にまつわる小説。江國香織「ぬるい眠り」短編集より

はっきりとわかったことがある。世界は大きく二分できるのだ。ノミにさされた人間の世界と、ノミにさされていない人間の世界と。

江國香織著「ぬるい眠り」より引用

世にも恐ろしい「ノミ」にまつわる小説を読んだ。

短編集「ぬるい眠り」は、著者の江國香織が20代前半頃の作品が中心になっている。確かに少しだけ雰囲気が違うような、でも確かに著者が書いたことが分かるような小説だった。

恋の終わりを確かに感じながら淡々と生きる大学生を描いた表題作の「ぬるい眠り」、知り合いでもない人の葬式に参列する夫婦と、それに惹きこまれていく主人公の話を綴った「清水夫婦」、著者の別作品・きらきらひかるの10年後の姿を映した「ケイトウの赤、やなぎの緑」など、他にもたくさん印象に残った作品はあるのに。

わたしはもうこのノミの話「災難の顚末」で頭の中がいっぱいなんだ……

ノミに刺されたせいで、仕事も生活も少しづつ歯車が狂っていく。大切にしていたはずの気持ちもこだわりも、もうすべては過去の話。主人公はあの後どうなってしまったのだろうか。

最近やっと世間では静かになってきているトコジラミのことも思い出して(やつはいまでも確かにいるのだ)、胸が背中が、ザワザワとむず痒くなってくる。

それは突然の出来事

ある朝、起きると右足に違和感がある。熱を持ちパンパンに腫れて、無数の赤い斑点ができている。

考えただけで悲鳴をあげてしまいそうで、実際主人公もそう。パニックになりながらも仕事をこなすものの、何にも集中できない。原因が分からない状況ではそりゃそうだ。親を頼るも何の参考にもならない話が続き、当てにならない。病院では診察後にすごく丁寧に手を洗う医者に傷ついたり、短期間でどんどん主人公が削れていく。

原因はペット

飼っている猫からの"ノミ"が原因と分かり、いつもかわいがっている猫の毛づくろいをするところはわたしもぞっとした。

「きちんと」しつけた猫で、猫側には何にも落ち度はない。しかしふたりの距離がどんどん離れていくのが辛い。あんなに大事にしていたのに、ずっと一緒だったのに、もうあの頃には戻れないような雰囲気が流れる。

仕事もプライベートも、歯車が狂っていく

頭の中はノミのことでいっぱいなので、プライドを持ってやっていた仕事もどんどんおざなりになり、とりあえずで仕上げることが増えていく。電話は始終留守電で、誰とも話さない日々が過ぎていく。

当然周囲の人は心配して様子を見に来てくれるが、もう何にしたって主人公は「そんな場合じゃない」のだ。

心が開けず、相談できず。おびただしい数のブツブツがある身体を見つめ、飼い猫を諸悪の根源のように思ってしまいながら、一人で苦悩し続ける。

受け入れられないのは「自分」

読むうちに、これはただひたすらに自分の問題なんだと感じてきた。

大抵のコンプレックスがそうであるように。「他人がそんなこと気にしないよ、大丈夫!」といったところで、全くの無駄なのだ。自分自身が今の状況を受け入れられないとダメなんだ。

作中でいくつか分岐点があって、ことごとく内に入っていく主人公がもどかしい。相談したら、一緒に解決策を探してくれるかもしれないのに。

しかしわたしは主人公のかたくなさに共感してしまった。人様に見せていい自分と、絶対に見せたくない自分がいるんだ。主人公は、今の身体をぜっっったいに誰にも見られたくないのだ。

身近な人の様子が急におかしくなった時。もしかしたらこんな異常事態が起きているのかもしれない。「何かあった?話せる時が来たら、いつでも聞くから。」こういうことが言える人でありたい。

ところで、わたしにも危機が迫っている

家族が…社員旅行で、海外に行くことになったと知らせがあった。出来たら、この小説を読む前に行ってきてほしかったと理不尽なことを思う。

内心がくがく震えながらも、家族には楽しんできてほしい。心配ばかりしていては、それで人生が終わってしまうのだから!

しかしわたしはこれを読んでしまったので、これからダニ・ノミ・トコジラミなどの虫を絶対に家に入れない方法を調べまくるしかなくなった。(今もなにかしら 家にいるのは分かっているのだけど…)なるべくにこやかに送り出しつつ、でもしっかりと対策してもらうつもりだ。

今からちょっとだけ、気が狂いそうである。

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