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読んだ本を、感想とともに紹介していきます。

言葉を選び、考え、積み上げる。自らを建築する主人公ー東京都同情塔(九段理江著)レビュー

九段理江著「東京都同情塔」を読んだ。言わずと知れた第170回芥川賞受賞作、やっぱり気になって手に取った。

自分を建築するために、言葉を選び、考え、積み上げる。主人公のストイックなあがきと苦しみに魅せられた。少し先の未来の悩みは、こんな感じかもしれない。

あらすじ

この物語は、国立競技場の建設にザハ・ハディドが採用された、別の未来の話。新宿御苑に高層の刑務所が建つことになった。名前は「シンパシータワートーキョー」。

未来的・芸術的なザハ・ハディドの国立競技場と対になるように、この「東京都同情塔」を建てるべく、主人公は自らの建築を始める。

※実際は主に費用面で問題視され、隈研吾案が採用。

キーワードは「AI」「建築」「自問」

主軸となるキーワードは「AI」「建築」「自問」だと思う。それぞれ話してみる。

「AI」…主要な登場人物の一人

物語のメインの登場人物は3人で、その中にAIが含まれる。

  • 牧名 沙羅(マキナ サラ)
    主人公。Wikipediaにも載っている建築家の女性。 
  • 東上 拓人(トウジョウ タクト)
    "豊かで恵まれた、ほとんど何でも持っている、前途洋々の、顔が綺麗な若者"。
  • AI-built
    主人公が日常的な問いに使用している生成AI。

刑務所の塔を建てることになった由来となる概念の提唱者/マサキ・セトと、後半に出てくるレイシスト(人種差別主義者)アメリカのジャーナリスト/マックス・クラインもいるけど、主にこの3人といっていい。AIは、AIとして登場人物になっているという点で、これは実験的な小説だ、とも感じた。

「建築」…建てるのは塔だけじゃない

物語は確かに建築にまつわる話なのだけど、建てるのは塔だけじゃない。

主人公は東京都同情塔のコンペに参加することになったものの、この塔を建てるのに賛同していない後ろ向きな自分がいる。ホテルに缶詰めになりながら構想を練ると同時に、自分の思考や、その後につなげる行動を一つ一つ積み上げていく。

私は陸上生物であるところのヒトを「思考する建築」「自立走行式の塔」と認識している。

東京都同情塔(九段理江著)より引用

彼女の感性をはじめ、自分の建築の仕方は独特で、…でなければならない。…べきだ。を積み上げてつくっていく。言葉を確認しては、組み立て、積み上げる。その行為はまるで自分の家をつくるようで、でもその家に絶対入りたくない。窒息しそう。

実際主人公は、いつまでこんなことを…と思いつつ、もうやめられない。彼女の賽はとっくの昔に投げられていて、もう引き返せないところまで来ている。

「自問」…自分を建てるのにかかせない

主人公が自分を建てるために欠かせないこと、それは自問だと思う。しかし、自問に自答しているのでは、厳密にはないと思う。

自問が湧き起こったら、AI-builtに投げ込む。AI-builtが返事をしたら、違う、そうじゃない、…すべき、…ねばならない。でつくりあげている。ように感じる。

彼女はAIに対して憎しみにも近い感情を持っている。AIは質問すると、ネットの情報をかき集めて取り繕うようにしてすぐさま回答する。時には聞いてもいないことを延々と垂れ流すこともある。その姿を文盲(もんもう)と非難する。

彼女はAIのことを「彼」と呼び、彼に自問自答してほしい、悩んでほしい、自らの好奇心で自分を疑ってほしい、と願う。

この受け取り方は人にもよると思うけれど、わたしはこれは、自分のところまで来てほしい、彼に人間のようになってほしい、という願いや祈りのようなものに感じた。主人公はAIに対して憎しみに似た愛情?や諦めかけた期待があり、よりどころのようなものを感じているようにみえる。

少し先の未来の悩みはこんな感じだろうか

AIは急速に浸透して、かつてのPC、スマホと同様に生活の一部に溶け込んでいく。新たな文化が生まれたら、お小言を言わなければ生きていけないのがわたしたちだ。

主人公のお小言が、わたしはとてもしっくりきた。

「質問すれば何でも答えが出てくると思っているところがAIネイティヴの嫌いなところ。(中略)まず自分で推測したり解釈したりする癖をつけたらいいよ。(中略)途中式が書かれていない回答に私は丸をつけない。」

東京都同情塔(九段理江著)より引用

自分の頭で考えること。それはこういうことなんだなと彼女の回答を見ていて思う。例えそれが自分を袋小路に追い込むことになっても、彼女は自分で答えを出すことに妥協しない。危険なほどにストイックな主人公には、一冊を通して魅せられた。

帯文に対する、わたしなりの回答

立ち止まって考えはじめてしまったので、買って考えることにしたのだった

わたしがこの本を手に取るきっかけは帯文だった。いまのわたしなりに考えて回答してみよう。

  • Q.あなたは、犯罪者に同情できますか?
    A.シンパシー(相手と自分を溶け合わせた共感)の観点では、同情できない。それをやったら、どんな犯罪も仕方のないことになってしまう。でもエンパシーの観点(自分と区別した部分での共感)では感じることがあるだろうと思う。
  • Q. あなたはなぜ、犯罪者ではないのですか?
    A.まだ、その選択をしていないから。としか言いようがない。頭の中で思っているだけだけど、人は10回連続で「選択」に失敗したら犯罪者になると思っている。一発アウトになることもあるし、9回過ちを犯しながらも10回目でセーフ、ということもある。ただ、わたしはまだそういう選択していないからだと思う。そのくらい、たまたままだ犯罪者じゃないだけだと思う。
    ただし、その選択には責任をもつ。他責しない。同情も求めない。そのつもりで選択をする。

思ったよりもすんなりこの考えが浮かんだのは、以前シンパシーとエンパシーについて考えたことがあったからだと思う。日頃の活動の大きな成果だ。

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今回の記事では、犯罪者の多様性に関する描写は、徹底的に無視してレビューをした。マサキ・セトが提唱する「ホモ・ミゼラビリス」はどうしても許容できなかったから。これは多様性の曲解の最終形態だろうか?

国単位で急速に自分をなくしている今、こういう事態は起こらないとはいえない。もしそうなったら、懸命にデモに参加するしか、わたしにできることはないのかな…。

「ものはいいよう」の現代を逆手に取り、巧みに言葉を扱えるようになるべきなのだろうか…いや、なりたくない。それはもう自分ではない気がするから…考えて、考えぬかなくては、ならない。

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