楽しかった~、終わっちゃった。カート・ヴォネガット生誕100周年に合わせて2022年に発売された「キヴォーキアン先生、あなたに神のお恵みを」を読みました。
薄めのハードカバーで2,420円(kindleだともうちょっと安くて2,178円)、いつも文庫ばっかりなので自分ではなかなか買う勇気が出ず…、ちょうど誕生日何欲しい~?と聞かれてたのでこれを買ってもらいました。わたしもその人の欲しいハードカバーを買って交換。なかなか良い贈り合いでした。それではレビューしていきます!
ラジオ番組のワンコーナーが書籍化
この本は、WNYCというアメリカ老舗ラジオ局で放送された番組「あの世リポート(Reports on the Afterlife)」の放送台本が書籍化したもの。番組と番組の合間に挟まる約1~2分の短いワンコーナーで、著者のカート・ヴォネガットが死者に架空インタビューした内容を話すという、なかなか突き抜けた企画です。
完全なるフィクションのこの世界には、いろいろと設定があります。大体の流れはこんな感じ。
- ヴォネガットが死刑執行施設に行き、キヴォーキアン医師に注射で半分以上の仮死状態にしてもらう。
- 天国に通じる青いトンネルの付近で、死者にインタビューする。
- 向こう側で録音はできない(設定の)ため、こちら側に戻ってきてからインタビュー内容を話す。(ここで話した部分が、ラジオ音源になる)
もう、この設定だけで面白そうですよね。
インタビュー相手も、キヴォーキアン先生も実在する
インタビュー相手は全部で20+α人で、α(ヴォネガットの著書に度々登場するSF作家、キルゴア・トラウト)以外は全て現実に存在していた人たちです。ご存じの方もいるかもしれませんが、ジャック・キヴォーキアン医師も実在します。"ドクター・デス”とも呼ばれていたこの医師は、「死ぬことは犯罪ではない」と主張して、末期がん患者たちの尊厳死を実際にほう助していたというから驚きです。
そんな、ブラックジャックのDr.キリコみたいな人が本当にいたなんて…!本も出していたみたいなので貼っておきます。
インタビュー相手は、ウィリアム・シェイクスピアやアドルフ・ヒトラーなど著名な歴史上の人物をはじめ、ニューヨーク・タイムズの訃報記事から引用することもあって幅が広いです。
心に残った死後の世界は…
ヴォネガットと死者との話を聞いていると、かつてはそれぞれに人生のテーマに沿って生きていて、死後もやっぱりそのことについて考えています(架空だけど)。いまの自分が頭の中をいっぱいにしている物事は、そのまま人生のテーマだなと感じたりました。
特に好きだったのはアイザック・ニュートンとアイザック・アシモフ。ニュートンは、もっと自分が真面目にやってれば進化論だって相対性理論だって理論づけられたはず、と悔しそうにしたと思えば、天国に通じるトンネルがどんな物質ででてきているのか?執拗に尋ねてきてヴォネガットを辟易させていたし、アシモフ(元全米ヒューマニスト協会名誉会長、ヴォネガットも後の名誉会長)は死後も熱心に本を書いていて、喋っている間中、頭の中は次に書くことで満たされていて早くインタビューを切り上げたそうでした。
最後にヴォネガットがどうしてそんなにたくさんの話を紡げるのか訪ねたとき、アシモフは「逃避」と明言していたのには笑ってしまった。最後のサルトルの引用は、わたしも全くそう思います。
何もかもは逃避っていう考え方いいな。逃避が、生涯も飛び越えて死後の世界でも仕事になっていて、この人は幸せなんだかどうなんだか。わたしは何かに夢中になっている時が至福だと感じているので、こんな幸せはないと思います。
なんと音源も残っている
このラジオ番組「あの世レポート(Reports on the Afterlife)」の音源は現在も残っており、「Kurt Vonnegut: WNYC Reporter on the Afterlife」と検索すると出てきます。(検索1番目で問題なく聞けたけど、参照URLが本当に合っているのかわからないため、本と同様に検索ワードだけ記しておきます)
実際にヴォネガットの肉声が聞けたのは嬉しかった!仮死状態から蘇った設定だけど特には芝居がかった感じもなく、楽しく聞けました。懐っこいおじいさん、ていう感じの英語が心地よかったです。
それにしてもAfterlifeって単語、いいですよね。「死後の世界」「あの世」ってことだけど、「人生のあと」だと思うと死の先を感じてわくわくしてしまいます。向こう側のことは、こっちのことを精一杯やってから考えようかな。でもこの本を読んでいる間は、好きにあっちのことを考えていようかな。
これが「前編」なんです。
わたしはこういう本を読んでいると、なんだかすごく元気が出てきます。100%フィクションの世界のなかで、人生には特に深い意味はない、ということを思い出せるからでしょうか。
ところでこの本にはまだ続きがあるんです。後半は、「神様と握手」と題したリー・ストリンガー(作家)との対談で、書くことをテーマに2人がざっくばらんに語り合います。これもまた興味深い内容だったので、また日を改めて話させてください。
この本はそうだなあ、「猫のゆりかご」「タイタンの妖女」「スローターハウス5」などなど、カート・ヴォネガットの本を読み切れなかった人におススメしたいです。短いインタビューの中にヴォネガット成分がふんだんに盛り込まれているので、これを読んで好きな雰囲気を感じられたら、もう一度、読みかけだった本を手に取るのはいかがでしょう?かくいうわたしも読みかけのヴォネガット作品があるので、早速本棚から取り出したところです。