BOOKS:LIMELIGHT

読んだ本を、感想とともに紹介していきます。

ダメ男小説の金字塔「ぼくのともだち」感想・レビュー

ポン、と机の上に置かれていた本の、キャッチ―な帯が気になった。

「ダメ男小説の金字塔」

…気になる。読まずにはいられなくて、買って来た家族が読む前にわたしが読んでしまった。

主人公はヴィクトール・バトン。パリ郊外に住む男で、戦争で左手を負傷し傷痍軍人年金をもらいながら生活している。職に就かず、身なりもみすぼらしい。そんな彼が日頃から精を出すのは「ともだち探し」だ。

彼には友達がいない。友達がほしい、その心に偽りはない。
日々街に繰り出し、人に出会おうとする。この本には彼の軌跡の数々が、何とも切ないかたちで紹介されている。

…ここまで言うとなんだかこの男がいいやつに見えてきそうになるけど、びっくりするほど魅力がない。残念なところもあるけど、にくめない、応援したくなる、みたいには全くならない。

乾いた笑いと共にそりゃーそうだろ!と言ってやりたくなる感じだ。

彼がほしいともだち

彼がほしいのは「ともだち」「金」「恋人」なんだけど、とりわけ「ともだち」を欲している。具体的には、「自分よりちょっと下のやつ」を探している。

かなり下ではいけない。自分より少しだけ、哀れで、不幸で、見下せるやつを探している。

友達候補に出会うとすぐさま品定めがはじまる。若い彼女がいると分かれば嫉妬と疑念とで頭の中がいっぱいだ。なんなんだこいつは。

彼のダメなところ

ここでは一旦、自分のことは棚に上げて、彼の「ダメ男」たる部分を挙げてみよう。

  • 人を値踏みする
    出会った人の風貌や振る舞いを観察し、自分の目に叶う人物かを査定する。そのくせ、向こうからも値踏みされて態度を変えられたりすると被害者意識が高まって自己憐憫に浸る。
  • 妄想癖
    会話しているのに、自分の妄想で頭がいっぱいになっている。目の前の出来事を事実としてとらえず、自分の都合のいいように書き替えてしまう。
  • 衝動的
    うまくいきはじめたとき、途端に出てくるのがこれだ。すぐ調子に乗って、「いける!」と思ってしまう。そっちに行ってはならないと思うこともあるけど、止めようなんて全然思っていないのには笑った。
  • 自分は悪くないと思っている
    多分…決定的にダメなのはここなんじゃないかと思う。悪いのは環境、境遇であって、自分の中身には問題がないと思っている。自分の考えることに謎の自信があって、そこを変えようなんて微塵も考えない。ここが頑ななんだよなあ…

不思議なもので、どんなに自分を棚に上げても、残念な部分を挙げようとするとカウンターを食らうことが分かった。とくに、妄想癖の部分でぼっこぼこだ。すぐ表れるわたしの「自省モード」も立派なダメな部分かもしれない。

チャンスはある、見事に棒に振る

彼には全部で5回のチャンスが訪れる。しかし「ダメ男の金字塔」だもの、例にもれず見事に棒に振っていく。それが、この本の見どころだと思う。

分かっているのに読んじゃうしんどさ。彼がしっくりくる友達に会える日はくるのかな…でもなんだか、ほんの少しだけど進んでいる気が…いや、気のせいかも。

読んでよかったとは思っちゃう不思議な作品

なんなんだろう?読んでよかったとは思っちゃう自分がいる。

主人公は反面教師にもならないくらいの思考回路なんだけど、どこか人間の本質的な部分に触れている感覚があった。“そういうものなんだよ”と言われているように感じた。

ダメな部分ばかりに焦点を当ててしまったので、最後に、彼のいいなと思う部分も紹介してみよう。

ぼくはともだちを探している。無駄なこととは知りながら。(P98)

誰かに構ってもらいたい。誰かに愛してもらいたい。いつもぼくはそう望んでいる。ただ、知り合いがいないから、人の注意を引くには街に出るしかない。(P107)
エマニュエル・ボーヴ著「ぼくのともだち」より引用

彼は自分の欲望に素直だ。世間体とか、そういうものは彼の価値基準にない。そこがうまくいかない理由だというのに、実はうすうす気が付いているのかもしれない。

それに、彼は具体的な行動をして、こうして何度もチャンスは訪れている。それが彼にとって望む展開じゃなくても、得るものってきっとあるんじゃないかと思う。

ダメ男小説はほかにも

みずから選び取った孤独は、このうえもなく美しい。意に反した長年の孤独は、限りなく悲しい。
エマニュエル・ボーヴ著「ぼくのともだち」より引用

彼がどんな結末を迎えるのか。運はあるほうな気がしていて、転がりようによってはうまくいって調子に乗っていそうな気がする。なんて思っていたら、訳者・渋谷豊のあとがきに続編「きみのいもうと」が紹介されていた。

かなり胸くそ悪い感じの話っぽい…読むかどうかは、わからない。

豊崎由美による解説には、他のダメ男小説の紹介もあった。この方、ダメ男への愛があふれていて、どの作品も読んでみたくなった。気になった物をいくつか自分用にメモしておく。

自意識過剰ゆえに苦悩する男…「トニオ・グレーゲル」

女への執着、奇行…「黒髪」

夢見る夢男くん型の典型…「グレート・ギャツビー」

グレート・ギャッツビーだけは家にあった。そういえば家族が好きだと言っていたな。

思いのほか熱く語ってしまった。なんだろう、ダメさって、人を魅了する何かがあるんだろうか…?うーん、とりあえず、なんか爽やかな甘い作品を摂取して、まずはすっきりしたい。

人間のダメなところを愛おしく感じさせてくれるのが、私にとっては「平安寿子」だ。なんかもう、好きなんだよなあ。また読みたくなってきた。