「他人の期待に応えること」を中心に生きるのは辛い。それに応えられなかった場合はもっと辛い。今日の主人公は、水泳選手だった両親の期待を背負い、幼少期から水泳に全てを費やしてきた女性です。
今週は働く女性を描く短編小説「絶対泣かない」のレビューウィークを勝手にやっています!秘書、派遣社員と続いて今日で三日目です。じゃんじゃん話せるから不思議。
1日目:秘書 絶対泣かない(山本文緒著、角川文庫)読書レビュー
2日目:派遣社員 働く”領分”を考える(山本文緒著「絶対泣かない」レビュー)
今日の話「もう一度夢を見よう」は、挫折を経て、現在は水泳インストラクターとして働く女性の話です。
もう、ずいぶん前からずっと疲れていて、それがいつまでたっても癒されないのだ。まだ二十二歳だというのに、わたしはどうしてしまったのだろう。
山本文緒著「絶対泣かない(角川文庫)」より引用
この言葉から、目的を失った悲しみと、ばく然とした人生への不安、それでもなんとかやっていかなきゃという辛さが伝わる…。そして満たされなくても、働く日々は続く。
受け持っているスイミングスクールの受講生は、平日昼間ということもあり大人の女性ばかり。その中で、1人だけ男性がいます。
お世辞にも上手いとはいえず、というかクラスで1番ヘタ。体型もだらしなくてつい、なんでいまさらおじさんが通いにくるんだろう…と主人公は苛立ちを覚えます。
ある日、レッスン中にちょっとしたアクシデントがありました。その後男性から話しかけられ、話の流れでなぜ通っているのかを聞けました。
男性は幼い頃、全く泳げないにも関わらず、親に権力があったためにいい成績をつけられた過去がありました。子供ながらに傷ついていた男性は、大人になり生活と時間に余裕が出てきたことを機にチャレンジすることを決心して通い始めたのでした。
「もう僕は四十五なんだけど、海で泳ぐのが夢なんだ。これからでも間に合うかな」
山本文緒著「絶対泣かない(角川文庫)」より引用
楽しそうに笑う男性を見て、主人公は答えます。
「わたしも、泳げるようになりたいって気になってきました」
山本文緒著「絶対泣かない(角川文庫)」より引用
もう泳げるのになんで?と笑いあう二人の姿が好きでした。どう生きていったらいいか不安ばかりの主人公に、この男性の姿は眩しく見えただろうな。これから教える方、教わる方どちらも頑張って、きっと泳げるようになるだろう。泳げるようになったら二人で大喜びして、その時にはきっと主人公もうまく泳げていると思う。教えているようで、教わっている。
結果が出なかったとしても、何かに心血を注いだ経験がある人は確実に強い。主人公には、これからの人生を気持ちよく泳いでほしい。自分の好きなことに、思いっきり力を注げる日々が来てほしいなと思います。
物語の最後、今できることから再出発する姿にものすごく共感しました。なんにしたって、小さく一歩からなんだよな。励みになる話でした。