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読んだ本を、感想とともに紹介していきます。

「みんないってしまう」レビュー②みんないってしまうとしても、さよならとはいわない

山本文緒の短編集「みんないってしまう」。レビューが長くなったので二つに分けて、今日はその後半です。山本文緒の本ってAmazonのページ貼り付けると装丁が違うことが多いです。印刷した時期によっていろいろ変わるものなんでしょうか…?

前回は「表面張力」「愛はお財布の中」「ハムスター」を話しました。具体的なものを無くしているようで、精神的な部分も喪失している気がする主人公たち。そしてそれぞれ、喪失に面と向かって取り合っていないように見えるのが印象的でした。後半のレビューでなんとなく考えがかたちになればと思います。

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ドーナッツ・リング

(要約)気がつけば外せなくなった結婚指輪を、気にするくらいには気になる人がいる。仕事のため、会いに行くため、今日もコーヒーを飲みに喫茶店に繰り出す。

なんていうか、都合の良い男のロマンみたいな話だな~とはじめは思いました。でも読後感がやっぱり良いです。

結婚したら最後、恋愛はもう絶対に一生ない、なんてことは絶対ないわけで、でもいざそういう気持ちになった時に、これまでの人生が如実にあらわれてしまう。そういうものだよな~。

あ、ちなみに結婚指輪は最終手段として、消防署に行けば切ってくれるらしいですよ。

泣かずに眠れ

(要約)“友達になれそうな気がして”

電話した先は気まぐれに買った個人情報誌の友達募集ページだ。運がよければ、わたしの狭い世界も少しは広がるかもしれない。

この主人公に、かつてのわたしは少し似ています。安定した企業で働いていて、状況が悪くなっているのにどこかで大丈夫でしょ、と思っているところとか。どこまでも受け身な部分が抜けないところとか。

著者の山本文緒も安定企業の事務職から転身しているので、こういう平和ボケした雰囲気の描写が飛びぬけて解像度が高いです。不安の感じ方とかも、まさにあの頃のわたしだ、と思ってハッとします。(ちなみにその頃を振り返った著者本人の文章が、「絶対泣かない」という小説のあとがきに載っています。胸にせまるものがあるのでよかったら。)

最後の転調が、主人公の一過性の気持ちの変化ではなく、ここから行動して変わってほしいなと切に願いながら、読み終えました。

ところで個人情報誌って知っていますか?売ります買います!とか、サークル会員募集!とか、とかそういうのがたくさんある冊子で、昔はそれが販売していたらしいです。個人情報がそこに詰まっていると思うと恐ろしいような気になるような。でもここからはじまる人間関係があると思うと、未知なる希望を感じます。こういうのって今だと何なんだろう?

みんないってしまう

(要約)偶然の再開を喜んだ2人には、思わぬ共通の過去があった。失った過去も、今となっては痛みもない。ひとつ無くすと、ひとつもらえる。そうやってどこかに流れつく。

表題にもなっているこの「みんないってしまう」が、わたしの考える喪失感に1番近かったです。ひとつ無くすと、ひとつもらえる。今までの自分の人生を思い返しても、これからのことを考えても、素直にそうなんじゃないかなと思えます。

今大事にしているものも、固執していることも、いずれは手放すことになる。そのぽっかり空いた部分には、自分が望まなくとも新しい何かが入ってくることになる。そうやって年月が経った姿が、主人公のいまの姿なら、それはそれで理想だなぁ。

さよならが意味するものは

花に嵐の例えもあるぞ さよならだけが人生だ は井伏鱒二

さよならだけが人生ならば また来る春はなんだろう は寺山修司

みんないってしまうとしても さよならとはいわない のが山本文緒なんじゃないかと思います。

さよならはいわず、奥歯をぐっと噛みしめるような作品たちは、しあわせとはいえないのかもしれないけれど、味わい深い。

わたしにとってのさよならとはなんだろうか。生涯をかけてもかたちがつかめないような、そんなことをぼうっと考えてしまう様な作品でした。今回もありがとうございました。

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