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読んだ本を、感想とともに紹介していきます。

旅は過去を連れて(沢木耕太郎著「旅のつばくろ」レビュー)

高速バスや電車など、移動中に読むフリーペーパーが好きだ。特に旅と一緒に読んだものは、不思議なほど胸に染み入る。

今日紹介する「旅のつばくろ」は、作家の沢木耕太郎が、東北新幹線のフリーペーパー「トランヴェール」でかつて連載していたエッセイを集めた本。

連載時期は初回が不明だが、最終回は2022年3月とある。コロナ前からあったので、4年は連載していたと思う。わたしは連載当時、頻繁に東北新幹線に乗ってはこの情報誌を読んでいたのだった。

読むうち、座席の窓から見えた懐かしい景色が蘇る。少しずつ建物が減っていき、田園風景が広がる様子。移り変わる天気、車内のアナウンス。わたしは確かに、あの時「旅のつばくろ」を読んでいた。

著者の国内旅行見聞録

沢木耕太郎の小説はまだ読んだことがなくて、わたしはこの「旅のつばくろ」のイメージしかない。たくさんの外国をめぐってものを書いてきた人みたいだ。

国内旅行に関する短い読み物が41編。東北の情報誌ということもあり、中身も青森、岩手、宮城など東北の土地に関するものが多い。その他にも、山形、神奈川、山梨、長野、石川などなど、数えたら10以上の県を旅している。

トワイライトエキスプレスなど移動中の話もあって、乗り物が好きなので情景が思い浮かべやすくて楽しかった。

行ってみたくなった場所はいろいろあって、わたしの場合は文学館とか美術館だ。

  • 現代詩歌文学館
  • 吉村昭記念館
  • 山田周五郎墓地
  • 鏑木清方記念美術館
  • 堀辰雄文学記念館

見事にどれも行ったことがなくて、連想するイメージもない。行きたくてうずうずしている。

印象に残った話

文章が(著者がかもしれない)魅力的なので、どの話も味わい深かった。
どれにするか迷いつつ、3つのエピソードを紹介していく。

点と線と面

人生のうちで、面として知っている土地をいくつくらい持っているか。それは人生の豊かさということに直結しているような気がする。
沢木耕太郎著「旅のつばくろ」より引用

3代さかのぼっても東京が地元の著者には、田舎と呼べる場所がない。そのため、面として知っている場所は東京以外にほぼないという。
そんななかでも、面に近い感覚をもった土地について回想していく。

わたしが「点と線と面」という考え方を体験したのは前職だった。忙しくて一年目は無我夢中で点を追っていった。二年目につながりが見えて少しずつ線になって行く時の、あの面白さが忘れられない(つらいのは変わらなかったけど)

そうか、仕事だけじゃなくて土地にもいえることだ。この応用はかなり楽しくなりそうな予感がする。

兼六園まで Ⅰ、Ⅱ

酒井美意子という元公爵家令嬢についての話。駆け出しライターだった頃のインタビューで、独特な振る舞いの彼女に対し心を開かなかった過去への自省のエッセイだ。

人の振る舞いに対して思ってしまうことは仕方がなく、でも心を閉ざすのは早計だった。わたしにはまだまだこういうところが強くある。

それに気がつくのが、一冊の本からというところがまたいい。

書物の行方

堀辰雄文学記念館に行った時のこと。記念館の向かいに古本屋があった。入ってみると、なかなかよい古本屋だ。

品揃えに対して不思議に思い、仕入れのことを聞いた。すると近頃は高齢男性が一斉に本を処分しており、古本が供給過剰気味だという。それをもとに、堀辰雄の書庫を思い出しながら自分の本の始末について考えていく話。

古本屋トークが大好物なので、にんまりしながら読んだ。作家のこういう話を聞けるのは貴重に感じる。

他にも「縁、というもの」では、著者の人とのつながり方に対する思想の素となる話だと思ったし、「車中の会話」では電車内で話す子供と祖父・祖母の様子を見て推測のストーリーが組み上がっていくところが面白かった。わたしもこういうことを考えがちなので、なんだか嬉しくもあった。

旅は時をこえて、現在に戻ってくる

これは国内の旅の本だけど、回顧録でもある。

著者は16歳の時に12日間かけて東北一人旅をしており、その時行けなかったところに行ったり、同じ場所を再訪したり、昔よく読んでいた作家の文学館に足を運んだりと、過去を振り返る旅が多かった。

そんなつもりはなくとも、旅をするときには必ず回想するタイミングがある気がする。土地を旅する中で、過去に行ってまた現在に戻ってくる。この作業には大きな意味があると思う。

旅とは「過去を連れて、土地に会いにいく」というイメージが湧いた。

わたしの旅は3年前

年に2度ほど旅行に行っているつもりだったが、思い返すとあれは人に会いに行っていたのだった。この本のように土地に会いにいくのが旅だとすれば、わたしが行ったのは3年前の、神保町へのひとり旅になる。

前職を辞めた後、電車で行けばいいのに、わざわざ折り畳み自転車で輪行してホテルに泊まるという不思議なことをして、神保町の朝の景色を見に行ったのだ。

早朝の神保町ってのはなかなか美しい。本屋のシャッターは全部閉まっていて、独特の静寂が漂っている。街の中にぽつんとあるタワマンの横を通って、首都高近くの大通りに向かっている途中で日が昇る。それがわたしの中にある原風景だ。

今思うとあの旅は、わたしなりの過去への巡礼だったのかもしれない。次に働く先を全然違う分野にしたのも、本をまた読み始めたのも、ブログでまとめはじめたのも、全部つながってる…いや、さすがにそこまでは飛躍しすぎか。まぁでも、そうだったらドラマチックでうっとりしちゃうなぁ。

過去を連れて、土地に会いに行こう

本を読んでから家族と、用事とかなんでもなく旅に出たいよねー、なんて話している。元手がないので、隣の県とか、下手したら近所に歩いていくことになるかもしれない。

近場でも、まだまだ行ったことのない場所はとんでもなくたくさんある。好きな作家・作品の生まれた場所、身近な誰かにゆかりのある場所とか行ってみたいな。

その時は是非、過去もたくさん思い出したい。そのためには著者のように、事前に調べ物をしすぎず、土地の人と話をしたりして旅するのがいいかもしれない。旅はゆとりをもって、頭も空っぽにして。

今週のお題「懐かしいもの」…ちょうどよかったのではてなのお題に乗っかってみた。記事中でさんざん懐かしんでたけど、全然いい思い出じゃないのがしんどい。あの時の記憶を塗り替える旅もいいかもしれない。

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