BOOKS:LIMELIGHT

読んだ本を、感想とともに紹介していきます。

飾らず生きれば、都会も田舎にー吉本ばなな著「下北沢について」レビュー

「下北沢について」を再読した。

著者のよしもとばななが住んでいる東京・下北沢について、たっぷり語ってくれるエッセイだ。もともとはエッセイ2つ+裏話が入った小冊子で、それがいくつか合わさって書式化されたものらしい。

はじめて読んだのは、世田谷文学館の図書コーナーだった。前職を辞めたあと平日にのんびり行ってみたら、バックナンバーが置いてあった。その頃読書はほぼしてなかったんだけど、夢中で読んだ記憶がある。昔読んでいた著者に再会できて、嬉しかったんだと思う。

内容は住む前のエピソードに始まり、移り変わる下北沢の街の様子が垣間見える。今はないお店や書店、そして街の人との交流がたくさん描かれている。

また、40歳で子供を産んで、育児に仕事に奔走する母の奮闘記でもある(わたしはこの感じが好きだったけど、だいぶスタンダードではないことを一応添えておく)。

巻末には裏話があって、トータス松本や岡村靖幸とのエピソードが楽しかった。振り返ると結構盛り沢山な本だったなあ。

わたしはこの本を読んで、都会でも田舎のように過ごすことができるんだなと感じた。自分は肩にまだまだ力が入っていて、飾って生きてんな〜と思ったりもした。そのことについて書いておく。

飾らず生きれば、都会も田舎に

著者が過ごす下北沢は、いまや都内有数の観光地だし、いつも若者と外国人でごった返してる。そんな場所で著者は、飾らない自分で人と関わっていくことで、安らげる「巣」のような場所がたくさんできている。

こういう時間の過ごし方は、別に都会だからできないわけじゃない。たとえ森の中でも気持ちがせかせかしていたら同じなんだよな、と実感した。
よしもとばなな著「下北沢について」より引用

自分に偽りなく、飾らずに生きていれば、通じあう人が増えて心のどこかで支えあえる。都会も安らげる田舎のような場所になるということだ。

下北沢は用事があってちょくちょく行くけど、安らげたことなんて一度もない。でも本を読むと、田舎の空気が感じ取れるからすごく不思議だ。

説明が難しいんだけど、都会は「一匹狼の群衆」というイメージがある。人と違っててもいいし、分かり合えなくても全然OK。そのかわり、自分の世話は自分でやってね。という世界。

自由度は高いが、弱くちゃ生きられない。ここでわたしは、「平成たぬき合戦ぽんぽこ」のたぬきよろしく、なんとか泥臭く生きてきた。でもなんか、たまに無性に虚しくなったりもする。その気持ちの根っこはここな気がする。

素の自分でいられる場所に居つくのかも

なぜか急に辛気臭くなったけど、下北沢が落ち着かないわたしにも安らげる場所はある。住人がのんびりしてて、でも凛としてる。地域猫がいて、綺麗に手入れされた犬もいてというちぐはぐな感じの街だ。

わたしはきちんとしたい時とのんびりの時とが両極端なので、どっちの属性も共存してるちぐはぐさ加減にはずいぶん助けられてきた。長くいるつもりはなかったのに、もう10年か。

著者のような特別な縁はなく、街の人との交流もほぼない。喫茶店のマスター(マスターと呼びたくなる雰囲気の店主)とほんの少し話したり、定食屋のお母さんとたまに笑いあったりするくらいの軽いやり取りしかないけど、これでも結構安らいでいるんだと思う。

わたしがいるここが落ち着かない人もいるだろう。素の自分でいられる場所に田舎を感じて、人は居つくのかもしれない。

「街と自分の観測」って面白いな

「下北沢について」は、著者の思い入れのある街・下北沢を、著者やその家族、街の人たちと過ごす生活を通して定点観測のように切り取ってある本だ。それって面白くて楽しいのはもちろん、こうして保存しておくのは大事なことのように感じる。

著者の人とのつながり方は、やっぱり著作にあるような感じだ。多くを語らなくても通じ合える特別な関係を、いろんな人と紡いでいるんだなあ。

まずは飾らないことだよな。素の自分で人と話して、はじめて通じ合えるかどうかってとこまでいけるんだろう。街の誰かといい時間が過ごせたときは、こうして書いてみてもいいかもしれない。