大体は単調で長いであろう人生のなかで、一日くらいこんな日があったら面白い。今日は、かつて貸したお金を取り立てる一日を描いた「素晴らしい一日」をレビューしていきます。
この小説は6編からなる短編小説で、はじめの作品が表題の「素晴らしい一日」です。
勤務先が倒産、挙句に恋人まで雲隠れする。割と人生のどん底な30歳の主人公・幸恵は、一時付き合っていた男に20万円貸していたことを思い出し、取り立てに行くことを決意します。
取り立て先の"友郎”は憎めない男
取り立て先の元彼は友朗といって、事業が上手くいかずに幸恵に借金をしていました。なんというか憎めない男なんですよね…。
作品の中では友朗の笑顔を「最高にハッピー」と表現していて、読んでいくうちにああ、この笑顔でだれもかれもの心が癒されてしまうな、と感じます。
元気がない時、寂しい時、欲しい言葉と行動をくれる男が友郎です。本人には自覚も策略もなく。割と能天気な性格なのも天然物の魔性味があります。
現に幸恵だって、こんな状況になるまで取り立てようなんて露ほども思っていませんでした。一時の過ちだったけどまあいいか、と思わせる魅力を持つのがこの男・友郎です。
別の人に借金を肩代わりしてもらう旅がスタート
誰だって急に20万返して!と言われたら困ってしまいます。友郎が出した結論は「今から別の人に一緒に借りにいこう!」でした。
さすが借金慣れしている人は考えることが違う…!しかもエンジンがかかったように、電話でいろんな人(魔性なだけに、主に女性)に連絡を取って軽快に話を進めていきます。
ピンチの時に「面白くなってきた~!」と思うタイプの人って、見ていて本当に気持ちがいい。人生の主人公って感じがします。自分もこんな風な思考回路に作りかえたい。借金はしたくないけど。
仕方なく同行する先で見える人間模様、家庭模様。
幸恵も仕方なく同行することになり、思いもよらない人間模様や家庭の風景を見ることになります。
裕福そうな人はまあ納得でしたが、なかにはそう簡単に貸してくれないだろう堅実そうな主婦や、シングルマザーの人もいます。
貸すときに、幸恵にあからさまに嫌な態度をする人もいました。「友郎といて、いい思いをしたときもあったんでしょう。たかが20万円くらい、忘れてやりなさいよ」そんな言葉には何とも言えない気持ちになりました。
持ちつ持たれつ。不完全な人間味のある物語
幸恵は、友郎と新たな借金先の人とのやりとりをみるなかで、損得勘定ばかりだった自分の人生を省みます。最後にとった行動は不完全な人間味があって、幸恵があとで振り返った時、きっと「素晴らしい一日」だと思えるようなとても好きなラストでした。
完璧な人間などこの世にいないので、いつも人間は持ちつ持たれつです。はた目で見ていても穴だらけな倫理観を持つ友郎だけど、この人に支えてもらえる確かな部分があります。出会ってお金を貸すことになった人たちはどこか幸せそうに見えます。
借金は嫌な響きだしこれからもしないでおきたいけど、こんな風な支えあい方が世の中にはあるのかも。と思ったらこれからの人生もなかなか面白いことになりそうだとわくわくしてきました(友郎の精神かも)。
あ、この本の中に入っている別の短編「おいしい水の隠し場所」は、友郎にお金を貸した女性が主人公の話なんですよ。そちらもしみじみ面白いので、是非。
なんでAmazonのページだと「平安 寿子」なんだろう…これじゃ「へいあん としこ」じゃん。本当は「平 安寿子(たいら あすこ)」です。アン・タイラーが好きで作家になったので、この名前らしいです。こういう名前のつけ方もいいなあ。