BOOKS:LIMELIGHT

読んだ本を、感想とともに紹介していきます。

人は見ている。誠実さは伝わる(絶対泣かない、山本文緒著)読書レビュー

誠実さは伝わるし、ちゃんとやってるのを見ている人は確かにいる。働く女性を描いた短編集「絶対泣かない」レビューウィーク4日目は、デパートで働くお姉さんです。自分が感じたよさを、極力ネタバレせずに伝える試みをしているんですが本当に難しい。伝われ…!と願いながら、めげずにやってみます。

1日目:秘書 絶対泣かない(山本文緒著、角川文庫)読書レビュー

2日目:派遣社員 働く”領分”を考える(山本文緒著「絶対泣かない」レビュー)

3日目:水泳インストラクター 人生の泳ぎ方を教わる(「絶対泣かない」読書レビュー)

前職はなんの不自由もないOLで、社内恋愛もして充実していた主人公。ある時、彼が同じ社内の他の女性と付き合うことになり、主人公は自分は悪くないのに居場所がなくなってしまいます。理不尽な思いを抱えたまま結局退職して早半年。傷はいまだ癒えない…それがこの話「今年はじめての半袖」の始まりです。

もう何も考えたくなかった。

じっとしていると、ものを考えてしまう。何も考えずにいたい。それにはどうしたらいいだろう。

働こう。わたしはそう思った。

山本文緒著「絶対泣かない(角川文庫)」より引用

そして転職活動を始め、たまたま見つけたのがデパートの催事部門の求人。ここなら、休みの日も働ける。誕生日も、クリスマスも、正月だって2日から働ける。

私もデパートで働いていたことがあるんですが、催事部門はとにかく忙しそうでした。季節のイベントやギフトセンターなど毎週のように変わるし、閉店後は準備でバタバタです。

主人公も同じように、契約社員でも残業して会議を重ねたり、アルバイトの教育でもなんでもやりました。身体は疲れても、夢中で働く日々は不思議と精神的には辛くない。時にはスタッフに強く指摘して怖がられることもあります。職場は仲良しクラブではないんだから、と嫌われるのを承知で臆せず注意する。その結果煙たがられてもそれはそれで仕方がないと働き続けました。

あっという間に2年経ち、3年目の初夏、今年はじめて夏服に袖を通した日ーーーまさかのハプニングが起きます。スタッフの協力のおかげもあり、なんとかうまく切り抜けほっとしていると、予想外の反応が。その場にいたスタッフがいうことには、あなたは慕われているんだと。あなたの仕事ぶりは評判で、憧れている人も多いのだと。

煙たがられている自覚もあったので反射的に、そんなふうに思われてるわけない!と否定する主人公に対して、スタッフがいう言葉が秀逸です。

「嘘だと思いたいなら思ってたら?」

山本文緒著「絶対泣かない(角川文庫)」より引用

人に裏切られたり、否定されたりして下がった自己認識は、簡単に元には戻らない。でもこのおばさんスタッフのあえて挑発するような言い回しは、猜疑心が残る主人公の心に気づきをくれる毒があります。

主人公は嬉しいような、恥ずかしいような自分の感情の動きを感じとります。これから、仕事はもちろん、プライベートも充実しそうな予感。休んでいた時期も、そこからがむしゃらに働いた期間も無駄じゃなかった。

この主人公の良いところは、自分に嘘がないところです。自分が弱っていること。何も考えたくないと思っていること。間違いがあればちゃんと指摘すること。

これが”本当はあれをやりたいけど、いまはこれをやるべき”という姿勢だと、何をやりたいのかだんだん分からなくなってくる。私はこっちが強くて、だからすごく遠回りして生きてる気がする。

この人は誠実だ。なにより自分に対して誠実なので、他の人にもそうできる。素敵だな。こういう人を見るだけで、背筋が伸びるような気持ちになります。

かくいう私は、今日仕事で失敗して落ち込み気味です。でも、その後は実直な対応ができたかな。自分が何をしているかは、他人よりもだれよりも、まず自分が見ていますよね。この主人公のように、自分にも他人にも誠実に!ひとさじでも、真似してみようと思える話でした。