BOOKS:LIMELIGHT

読んだ本を、感想とともに紹介していきます。

罰に怯えながらも罪を犯すとき、人は(遠藤周作著、海と毒薬 読書レビュー)

これは自論ですが、どんな人でも10回選択を誤ると犯罪者になる、と思っています。わたしも、あなたも、どんなにいい人でもです。

この「海と毒薬」は、昭和初期に実際に起きた、大学病院での生体解剖実験がもとになっています。この史実をベースに、架空の登場人物やその背景を描いた小説です。

戦争で捉えた外国人捕虜とはいえ、生きたままの状態で解剖することが実際に起きたことに震えつつも、大勢の人が選択を見誤り、罪を犯してしまう事について考えたくなり購入しました。

海と毒薬 (角川文庫)

この物語は3章構成です。1章は現在から過去に視点が移り、生体実験が行われることになった背景が描かれています。2章では登場人物がなぜ実験に関わる選択をしたのか登場人物たちを深堀りして、3章では実際の生体解剖と、その後のみなの様子が描写されています。

生体解剖実験という一つの大きな事件をさまざまな人の目線から捉えていきますが、読んでみて感じたのは、選択を見誤るとき、みなそれぞれに独特の「疲れ」があることです。

ーー勝呂は礼をして部屋を出た。廊下の窓にしばらく顔をあてていた。なぜだか非常にくたびれているような気がする。体の芯まで重いのである。(P46)

ーー部屋の上り口に腰をかけてわたしはしばらくじっとしていました。もう、どうにでもなれ、という気持でした。(P108)

ーーぼくはなにかふかいどうにもならぬ疲れをおぼえた。柴田助教授からもらった煙草をもみけして椅子から腰をあげた。(P135 )

遠藤周作著「海と毒薬(角川文庫)」より引用

みな、もともとこんな人だったわけではないと思います。結核などの病気が蔓延し、頻繁に人が死ぬ日常。病気で死ななくても、毎晩の空襲でみんな死んでいく。そんななか、病院内の派閥争いや男女のいざこざもあったりする。その上に生体解剖実験です。自分ではどうしようもできない大きな流れに翻弄されて、こびりついて取れない疲れがあったと思います。

物語を読んでいると、みな、後に咎められ、罪として裁かれることがなんとなくわかっている。それなのに加担してしまう。大きな決断をする時、人は多かれ少なかれ、ええい、ままよ!と見切り発車で進めてしまうものですが、その麻痺した感覚がどんどん裏目に出てしまう。

引き返すタイミングがそれぞれに何度もありますが、うすぼんやりした戦争の退廃的なムードと連帯感がそれを拒みます。

読んだ後は独特のずっしりとした重いものを持たされたような、何とも言えない気持ちになりますが、一方でこれを持つことは大事なことだとも思います。

しがらみの多い世の中、という点では現代も変わらないのかもしれない。いつも正しい選択なんてできっこない。大人だってできないんだから子供だってそうです。少しでも罪を犯す可能性を少なくするよう、倫理観を養うのがよいのか。少しでも「疲れ」をためないように、工夫するべきなのか。

まだ明確な答えはみえないし、ないのかもしれません。でもこの小説を読んで、自分とは関係ないことだ、と思う方がいたとしたらそれは一番危ないことだと思います。

日々いろんな事件が起きますが、事実は小説より奇なり、なのですべての真相は当人たちにしか分かりません。

それでも罪の意識や犯罪心理を深堀りしたいとき、史実に基づいたフィクションであるこの本を手に取って欲しいです。わたしは、今年の個人的な課題図書にこの本を選んでよかったと思います。

books-limelight.com

books-limelight.com