先日やっとこの本に出会い、とてもよかったがゆえに感想に悩み、小出しに話すことを選びました。レビューが何回に分かれるか分かりませんがやってみます。
古本と文学を愛するすべての人へ 名著復刊
尾崎一雄、尾崎士郎、上林暁、野呂邦暢、三島由紀夫……。文学者たちに愛された、東京大森の古本屋「山王書房」と、その店主。幻の名著、32年ぶりの復刊。
関口良雄「昔日の客」夏葉社 帯の文章より引用
昔日(せきじつ)の客は、古本屋の店主が晩年に書いた随筆集です。夏葉社が復刻するまでは、知る人ぞ知る、手に入らない幻の本だったそうです。(島田潤一郎著 あしたから出版社より)主に古本屋を営む日々や文学者、お客さんとの交流を描いた本で、著者自身が作った詩句も入っていたりします。
今日は全30話の中から「古本」「お話二つ」を紹介していきます。
「古本」
読み終えてからもこの話の情景がずっと残っています。
閉店後の店内の話です。著者は一日の最後、電気を消した薄暗い店内の古本がずらっと並んだ棚を眺めるが好きで、昼間みせる姿とは違うといいます。店内にある本をあれこれと眺めながら、客の家まで行って買い取りした時の様子を思い返したり。いつまでも売れない本に視線を向け、思い入れを確かめて「これは売れないからといって処分しない」と決めたり。
人の手から人の手へ、古本の運命も生きている人間同様、数奇の運命を宿している。
関口良雄「昔日の客(夏葉社)」より引用
袖振り合うも多生の縁といいますけど、古本に関してもそうかもしれませんね。ちなみにわたしがこの話を読んで思い描いた情景は、ちょっとじめっとした初夏の店内です。ほこりっぽい薄暗いお店の中で、後ろには生活スペースがあるためそこからの光が少しもれている。昔接客業をしていたんですが、閉店後の店内ってちょっとした異空間で好きでした。そこで改めて本を眺めていくのは特別な時間だっただろうな…とうっとりしてしまいます。
著者は大正生まれで、大正時代の無骨だけどしっかりと造本されている本が魅力的に見えると話しています。自分の時代のものに愛着がわくというのはありそうですが、本の装丁について時代性を考えたことがありませんでした。これから出会う本は、そんなことを考えながら手に取ってみたいです。もっぱら文庫本派ですが、ハードカバーで本を買いたくなる!そんな話でした。
「お話二つ」
この話は、厳密にいうとお客さんとのエピソードではない話ですね。一つは、古本市で仕入れた本をタクシーで家に運んでいるところから始まります。タクシーの若い運転手さんとの雑談で、夏目漱石を知っているか訪ねると「知りません」。太宰治、松本清張はどうか?「知りません」。
その若者は東京に来て3年になるけれど、都会がもう嫌になってしまった。美しい景色が広がる地元に帰り、親の事業を手伝うことにしたといいます。
人のよさそうな青年の話を聞きながら、著者は立派だとしみじみ思い返します。印象に残った文章はこの部分。
若者よ、君は本を苦手だと言い、本を読まない事をはじていたね。そんなこと、少しもはじることはないんだ。………都会には、本を読んでも精神の腐ったのが、ウヨウヨしている。
関口良雄「昔日の客(夏葉社)」より引用
神保町などの古書街に行くと、いかにも手強そうなお客さんがたくさんいて同じ客なのになんだか緊張したりします。古本屋を営んでいるといろんな客が来て、時には精神が腐ったようなこじらせた人もいたんだろうな…そのなかで「本は読みません」ときっぱりした態度の若者が、とても新鮮に映ったことだろうなと感じました。
無知なことを軽蔑や非難するのではなく、東京に住んでいても魂が染まらなかった青年を応援する様が印象的でした。
もう一つは…とあんまり話しすぎるのもあれなので、ちょっとクスッとする話とだけ言っておきます。本全体にいえることですが、著者はじんわりいい話のあとに笑っちゃうような話を入れてくるので、そういうところに人柄があらわれているような気がします。こういうところ、とても好きです。
ああ、言語化するの気持ちいい……まだまだ話したいことがたくさんあるので、ちょっとずつ小出しにレビューしていきます。
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