BOOKS:LIMELIGHT

読んだ本を、感想とともに紹介していきます。

俺の承認欲求(読書ブログからの展開)

本から離れた、とても個人的な話。

近頃、私の中に「俺」がいます。
ちょっと、私にそぐわない強い存在です。

この強さって、わざわざ言葉にする必要はあるのかなあ。
今日はそれを探っていきます。

俺の承認欲求

まず、自分の場合は「私をみて〜!」じゃなくて、いつだって「こんな私でよろしいでしょうか?」という確認スタイルです。上司に認印をもらいに行くような感覚で世の中に接しています。

では、いったい何に判を押してもらいたかったのでしょう。

「俺」です。

どうやら、私はずっと「俺」の意見をまとめ続ける語り部の役目をしていたようです。

最近の悪い癖は「よろしいですね?」とちょっと強引になってきたこと。周囲やネットの答えはOK!YES!の時もありましたが、NOや?のことも増えてきたように思います。

これがですね、面白いんです。
なぜでしょう。

俺が揺るがなくなったのか、私がゆるくなったのか。そのどちらも違うと思っています。

俺と私の意思疎通

俺が核で、私はなんだろう、入れ物です。身体かな。

俺が強すぎて、私はずっと怖かったです。俺の要求することに、ずっと答えられなかった。俺の美学に付き合わされるのはもうまっぴらだと、長らく無視していました。

様々な本をテーマに感想を書くようになったのは、生存本能かもしれません。本を読んで俺が思っていることが、書いていると浮かび上がってきます。

最近は、俺の言ってることがちょっと分かってきたうえに、なんだか納得できることが多いです。意思疎通がもう少しでできそうな予感がしています。

人に確認を取る段階は終わり

私と俺の間で完結できれば、他者への確認は必要ないのかも。確認をやめることは、独りよがりに断定することではありません。

私はこうです、を自分の結論として出すこと。一般論と交えて「これが正解です」と言いにいくのは不正解です。

ちなみに、なんなら、私はこうですという話は別にしなくてもいい。

作品、出来事、主語はそっちでいい。「私はこうです」は、語らずともにじみ出てくるものだからです。

俺の魅力は、私次第

「俺」は元々強く、揺るがなく、あります。
それを「直接」言葉にすることは、あんまりよくないです。いろんな人がいて、いろんな考え方があるからです。

ただ、ずっと閉じ込めておくのも、それはそれで惜しい。もっともっと美しく、しなやかで、煌めくような強さになる資質があるからです。

あとは、思いがけず出会う「共鳴」という一瞬の輝きも見逃せません。

俺はずっと私に期待し続けていましたが、
私もいまは俺に期待しています。

俺の魅力を出せるかどうかは、私の語り次第ということになりそう。

どうか気負わずに。
「極端なところもあるけど、基本いいやつなんで!」くらいの温度で、語り部は今日もせっせとまとめを続けます。

(おまけ)私の中の俺は、割と男梅的な見た目をしています。