私の数多くある欠点のうちの一つが「連絡不精」です。面倒くさい訳じゃないんですが、いや、結局そうなのかな。
「なんて返せば失礼じゃないかな」「どんな風に答えたらいいんだろう」そういうことを考えているうちに返せなくなってしまうことがあります。
今年の夏は遠藤周作の本をよく読んでいたのですが、古本屋でこんな本を見かけました。
「十頁だけ読んでごらんなさい。十頁たって飽いたらこの本を捨てて下さって宜しい。」
不思議なタイトルのこの本は、遠藤周作の未発表原稿をまとめたものです。46年間埋もれていた原稿の書き出しにこの文言があったそうな。
内容は一貫して「手紙の書き方」です。もっと広く言えば、誰かに文章をしたためる時の心得でしょうか。連絡不精の私のためにあるような本だ!とすぐ購入して読みはじめました。手紙なんてめったに書きませんが、「メール」「LINE」と置き換えればスッと入ってくる話ばかりでした。
どうして書けなくなってしまうのか?解決法を含めて書いてあったり、
告白、お誘い、お見舞い、お悔み…いろんな思いの伝え方が、例文・添削とともに具体的に示されています。
この本を読んで、連絡不精が解消された!なんてことはないのですが。「ああ、勘どころはそこなのか」と沁みいるものがあったので、話していきます。
筆不精をなおす一寸(ちょっと)したこと
まず、著者は筆不精の原因を3つに分けて説明しています。
- 名文を書こうとするから
- 悪筆だから
- たんなるもの臭
1への意識をなくすために、この本の大半を割いています。「よい文章」ではなく、「自分の言葉で話す」ことを訓練するイメージが湧きました。
2は、自分の字にコンプレックスがある人は、かえってそれが魅力になる。味になることを説明してくれます。
3への簡単なアプローチは便箋や葉書、切手を身近に控えておくこと。とありましたが、一番良い方法として「興味を発見すること」とあって、私にはこれが一番しっくりきました。こうやって文章を書く時もそうですが、なんでも面白がっちゃえばこっちのものなんですよね。どうやって面白がるかは、本の中で話しています。
手紙を書く時は〇〇〇の〇になって
次に、手紙を書く時に大切なこととして、ちょっとしたクイズが出題されます。
「手紙を書く時は〇〇〇の〇になって」
これ、何だと思いますか?ネタバレしちゃいますが、まず私の答えから。
「作家」の「気」になって
ネタでもなんでもなく、自然に思い浮かんだんですよね。
書く時って、できたら気持ちよく書きたいじゃないですか。気持ちを大きく作家の気になって、のびやかに書くイメージで思い浮かべました。
次に、著者の答え。
「読む人」の「身」になって
そりゃそーだ!!!と、読んだときは身体が熱くなりましたね。
ほんと恥ずかしい…でも、変わらない自分の課題が浮き彫りになった感覚がありましたね。
ずっと私は自分に向かって書いているところがあって、読む人の身になって書いていることってほとんどない。だから成長がないのだと痛感しました。
目を瞑って読む相手のことを思い浮かべる。相手の今の状況を考えたら、自ずと「どう書くか」はイメージがつく。これが大事なんだそうです。
時と場に応じた文の紡ぎ方
ここから先は、ケーススタディで進んでいきます。
書く相手は、病人、恋人、意中の相手、先輩、知人など。書く内容は、お見舞い、告白、デートの誘い、お悔み、ファンレターなど多岐にわたります。
例文のあと添削が入る展開が多いのですが、参考になったのは「お断り」「お見舞い」「お悔み」です。いずれも機微を捉えにくい、デリケートな分野。このニュアンスはまとめられそうにないので、気になる方は実際に読んでいただくのがよさそうです。
以下は自分用に箇条書きメモとして残していきます。
- お断り…時には歯にきぬきせず、時にはオブラートに包んで
相手を傷つけず、でもしっかり断るためには、どこを包んでどこを毅然と伝えるのか。相手の性格や日頃の行いを思い浮かべながら言葉を選ぶのは難しいけれど、15回もやれば要領を得るからそんなに心配要らないそうです。 - お見舞い…形式を脱するには「具体的に」
「大変だったね」「心配してる」「早く良くなってね」「お大事にね」
こういう気持ちを月並みな言葉で羅列するのではなくて、具体的に描写することで相手に伝わる文章になる。
例えば、梨が大好きな子が入院していたら、「元気になったら一緒に梨狩りに行って、もう無理ってくらいたくさん食べようね」とか。
他にも例がありましたが、私にはハードルが高くてできそうにないので、労わる気持ちを「具体的に」書くということだけは意識してみようと思います。 - お悔み…苦しみは「分け合う」
これもきっと、まだまだできそうにないのですが…苦しみは連帯することでやわらぐと著者は言います。大切な人を亡くした孤独・辛さは、同じ経験をしてきた人の心遣いで癒える部分もあると。
もちろん全く同じ経験ではないですし、言葉選びを間違えれば傷つけてしまう可能性もある。それでも、寄り添ってくれる存在があることはありがたいことなんだと思います。
読み手を感じて、自分の言葉を紡ぐ
手紙、メール、SNS…やりとりする方法が移り変わっても、人間関係が続く限りは文章のやり取りは絶えないでしょう。
大切なのは、読む人の身になって言葉を選ぶこと。これがこの本のハイライトです。
ちなみにもう一つ、印象に残っていることがあります。手紙の書き方指南本などから引用してそのまま書こうとする人への注意書きです。
一寸、待って。
(中略)
こういう行為は自分と他人と同じ下着を共有して平気であるというダラシナイ心のあらわれです。
遠藤周作『十頁だけ読んでごらんなさい。十頁たって飽いたらこの本を捨てて下さって宜しい。』より引用(P60)
「○○ 例文」でウェブ検索すれば、山ほどお手本が出てくる。AIに聞けば優しく正解らしきものを教えてもらえる。一見便利ですが、うっすらとこみ上げる違和感は拭えません。例え間違ったとしても、責任の所在もありません。
調べはするかもしれないけど、最終的な決断は自分で。決断のポイントは、さっきの「読む人の身になって」ということですね。
うーん。いろいろ考えてたら、もっと返信するのが遅くなりそうな気がしてきたぞ。数をこなせば要領を得るそうなので、興味を持って、面白がっていきたいところです。
